2019年5月29日 (水)

「いつでも開運、毎日が開運」

5月9日卓話要旨
宝生山八津御嶽神社 宮司(東京新宿RC) 山本 行徳 氏
(島田 隆之会員紹介)
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 私が神主を務める八津御嶽神社は、起源が800年以上前の鎌倉時代までさかのぼり、古来、豊かな人生を送るために自家成立という教えを掲げてきました。自家成立とは自分の家の成り立ちのことであり、家という単位が人の中心にあると説いてきました。その実現のためには、三宝(健の宝、財の宝、和の宝)のバランスが重要であるということが、当神社が現代に伝えている大切な教えです。
 その上で大切になるのが日々の祈りです。私は「あなたの祈りも大切だけど、私の祈りも大切」という考え方をモットーにしています。どんな宗教団体であっても、どんなお宮やお寺に参っていても、祈りは大切であり、神様に祈ることの大切さを共有し、手をつなぎ合いたいと思っています。
 ただ、私は神主なので、少なくとも家に神棚をお祀りしてほしいと考えています。各自の信じるところでお札を頂いて神棚を作り、少なくとも毎日お水をお供えします。お供えのときには、命の水であり自分の命であると思って祈ります。その祈りの心が大切なのです。さらに、今の思いを神様に聞いていただくためにも、それから自分の確認のためにも、言霊(言の葉)を出して祈ることで確度が高まると思います。
 われわれの時代は、何かをしようとすると、親たちが「罰が当たるよ」「神様が見ているよ」と教えてくれたものです。しかし、現代の親たちは、まず自分ありきであることが多く、そんな話をしてもほとんど通じません。世の中には、いつでも祈りの心を持っている人と、全く祈らずに自分だけを信じている人がいます。それぞれの人生ですから構いませんが、やはり誰かが見ているという意識を持つことによって、自分というものを一歩引いて歩むことができるのではないかという気持ちが、日々の祈りの心から表れてくるのではないかと思います。
 ここで一つ知っておいていただきたいのが柏手です。いつの時代からか、全国的に神社での柏手は二拍手になっていますが、柏手は本来、神様への合図なので、何回打っても構いません。関西では四拍手が多いですし、伊勢神宮では朝夕の食事前に八度拝という柏手を打っています。このように、二礼二拍手は定番ですが、それだけではないのです。
 また、日々の祈りのためには、ご先祖を祀ることも大切です。「うちは先祖なんてとんでもない」などと言う人こそ、そういう命の流れを断ち切らず、命の根を頂いていることを意識して、先祖祀りによって流れのしっかりした家を作ることが大切ではないかと思います。日々の中で、自分の活動を先祖がどう思っているかと考えるだけでも素晴らしいことなのです。さらにその上の親たち、そのまた上の親たちというふうに流れをくむことで、子どもたちもしっかりと命の流れを見ていけるのではないかと思います。
 私は「過去と未来を背負って現代を行く」という言葉が好きです。今だけがいいのではなく、過去があってそれが未来につながる、過去と未来を背負って我が道を行くという「中今(なかいま)」の思想です。
 先祖祀りについて強く提案したいことが二つあります。一つは、氏名(うじな)は一つだということです。女性の場合、実家の先祖を嫁ぎ先まで持ってくる人がいますが、嫁ぎ先の先祖に順応するので、実家に帰ったときに自分の命のもとにしっかりお参りすべきです。もう一つは、お墓についてです。通常、兄弟は同じお墓に入れませんが、仏壇が一緒になっているケースがあります。これでは霊的な混乱を招くので、氏名は一つにして祀るようにしてください。また、「先祖代々之御位牌」がないケースも多いのですが、それでは命の流れを途中から祀っているだけになるので、ぜひお作りください。
 加えて、会社や自宅の移動や転居をする場合、方位を意識することが大切です。そして移動した先の家相はどうなっているかを精査すると開運につながります。
 私は、「神は見てござる」という考え方が好きなのです。自分や会社が何かしようとしているとき、そういう心が一心に開けば、「四つのテスト」と同じことになっていくのではないかと思います。わがままを防ぎ、我欲を抑えることが祈りであり、先祖祀りであり、神詣りだと思います。神社の前を通ったら、せめて一礼ぐらいしてお通りいただくとよろしいのではないかと思います。

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「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会がもたらすもの─スポーツを通じた人材育成と健康街づくり」

4月18日卓話要旨
参議院議員 橋本 聖子 氏(小林 勝義会員紹介)

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 私はこれまで7回、選手としてオリンピックに出場しました。現在は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会や日本オリンピック委員会など、オリンピック・パラリンピックに携わる仕事をライフワークとしています。
 私がオリンピックを目指したのは、東京五輪の開幕5日前に生まれ、五輪の聖火にちなんで「聖子」と命名されたからです。私は物心が付かない頃から父に、「おまえは五輪選手になるために生まれてきたんだよ」と言われて育ちました。父は牧場を営んでいたのですが、一生懸命に働くことが大自然の中で生きていく資格につながると教えられ、私が後に五輪選手を目指していく上で精神的に非常に大きな力になりました。
 幼少時代、私は遊びでスケートをしていたのですが、小学2年生の冬、自分の目で札幌冬季五輪を見たことがスケート競技を始めるきっかけになりました。名前の由来にもなった聖火を実際に見て、五輪を目指すしかないと思ったのです。
 ところが、小学3年生の終わりごろ、私は腎臓病を患い、2カ月間の入院生活を送ることになりました。それ以来、小学校時代はスポーツと無縁だったのですが、中学生になってスケートを再開し、高校2年のときには日本一になりました。しかし、それが落とし穴にもなりました。良い成績が出せていたので病気が治ったと思い、検査をやめてしまったのです。結果、高校3年の秋に腎臓病が再発し、即入院しました。オリンピックを諦めざるを得ない状況になったのですが、諦められない自分もいて、精神的に耐えられなくなり、私はストレス性呼吸筋不全症になってしまいました。この病気は、胸の筋肉が完全停止して自力で酸素を吸えなくなる病気です。原因はストレスですから、マインドコントロールやイメージトレーニングなどの治療を施してもらいながら、冷静な判断と自分自身を見つめられる能力を養って、何とか自分の力で酸素を吸えるまでに回復しました。
 しかしその治療の際に医療事故に遭い、今度はB型肝炎に感染してしまいました。私はこれら三つの病気と向き合いながら生きていくことを余儀なくされたのです。私はこのことがなければ五輪は1回でいいと思っていたのですが、入院中の苦しさや、病気の子どもたちとのリハビリ生活を思ったときに、頑張りたくても頑張れない人のためにどれだけ力を尽くせるか、試されていると思うことで、逆に自分を楽にしてあげることができました。そして、病気と向き合いながら生きてきたことで、私の中から怒りというものが全くなくなりました。このことは政治の世界に入ってからも非常に役立っていて、どんな状況でも常に冷静にいられるのです。これは体が不自由だったからこそ備えることができた、一つの大きな武器だと思っています。
 私がアスリートだったころ、あらゆる先進的なスポーツ医科学を駆使して選手を育てている国を視察し、もし日本が同じような環境を整えたなら、必ず躍進出きるという確信を持っていました。当時の日本には国立のナショナルトレーニングセンターのようなものはなかったのですが、私が政治の世界に入ってから十数年たってようやく実現し、今の選手たちの活躍に結び付けることができたと思っています。
 私は、日本国民がオリンピック・パラリンピックのことをまだまだイベントとして考えていることをとても心配しています。一過性のもので終わらせるのであれば、どの国でやっても同じです。成熟した国家・都市として他に例を見ないオリンピック・パラリンピックを展開し、せっかく世界が注目してくれる2020年を、再び日本が世界のトップランナーとなって心豊かで持続可能な社会をつくり上げるためのスタートラインにするべきだと思っています。
 いよいよ来年、東京オリンピック・パラリンピックを迎えます。健康志向が高まる中、スポーツを中心に医療・福祉・介護や芸術・文化、教育、地場産業に加えて、健康産業や観光産業など新たな産業市場をしっかりとつくり上げる準備が大切だと思います。
昨年、入管法が改正され、外国人労働者の人口が今後急激に増えていくことが予想されます。また、引きこもりの問題や女性活躍社会の実現についても、まだまだ課題があります。2020年を一つの節目としてもう一度原点に帰り、素晴らしい日本の国を皆さんと共に創出できるように、しっかりと行く末を見ながら頑張っていかなければならないと私は思っています。

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「生涯現役時代を支えるお口の健康について」

3月28日卓話要旨
ライオン(株) 相談役 (東京RC) 藤重 貞慶 氏
(島田 隆之会員紹介)
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 今は、人生100年時代といわれます。日本人の平均寿命はこの100年間で、44歳から84歳へと40年も延びました。100歳以上の高齢者数も、1963年は153人でしたが、昨年9月1日現在で6万9785人に上り、2050年には68万人になると見込まれています。
 一方で、人生の長さだけでなく、人生の質(Quality of Life)がとても重要になっています。人生の質を測る指標の一つに、健康寿命という考え方があります。健康寿命はWHO(世界保健機構)が提唱している指標で、健康で自立した生活が送ることができ、日常生活に制限のない期間のことです。つまり、平均寿命と健康寿命の差が日常生活に制限のある期間になるわけですが、2016年時点で日本人男性は8.84年、女性は12.34年となっています。このことから、最近では平均寿命だけでなく健康寿命を延ばすことがとても重要とされています。
 読売新聞の調査によると、100歳以上の方の楽しみは、1位が食べること、2位が家族との語らい、3位が寝ること、4位が友人との談話でした。このうち三つがお口と関係しており、お口の健康が100歳以上の方々の楽しみを支えていることになります。
 ライオンは1891年に創業し、100年以上にわたって日本人のお口の健康を守ってきました。社名の由来は、「獅子印ライオン歯磨」という商品名です。販売価格は現在の貨幣価値で約600円と高く、当時歯を磨く習慣がなかった日本人に歯磨きの習慣を付けてもらうために、ライオンは大変な努力をしました。1913年からの「ライオン講演会」に始まり、現在でも保育園や学校での歯科保健活動、小学生歯みがき大会、母子歯科保健活動、産業歯科保健活動などさまざまな活動を続けています。これらの活動やフッ素入り歯磨き剤の普及により、12歳児の虫歯経験歯数は、1985年に4.63本だったのが2017年は0.82本まで激減しました。一方、最近は歯周病患者が増えており、歯周病が全身のさまざまな病気に関わっていることが明らかになってきました。
 歯は健康にとっていかに大切かが分かるさまざまな研究や調査があります。歯の数が減ると認知症になりやすいとか、歯がほとんどない人で義歯を使用していない人は、使用している人と比較して認知症の発症リスクが2倍になるといわれています。また、歯を失って、かつ義歯を使わなければ転倒リスクが2.5倍になるとか、残存歯が少ないほど死亡リスクが高いという報告もあります。
 自分の歯を80歳で20本保とうという「『8020』運動」があります。20本あれば何でもよく食べることができるので、20本というのはとても大切な指標です。仮に自分の歯でなくても、入れ歯でもインプラントでもいいので、かむ機能を持つ歯を20本以上持つことが人生の質を高める上で大切です。
 人間の楽しみの一つである「よく食べること」は、「何でもよく食べること」と「よくかんで食べること」の二つが大事になります。人間の歯は上下左右に8本ずつ、全部で32本あり、その8本の内訳を見ると、肉を引き裂く犬歯が1本、野菜をかみちぎる門歯が2本、穀物をすりつぶす臼歯が5本あります。このことから、人間にとって最も適した食性は、肉が1、野菜が2、穀物が5になります。また、一口30回よくかんで、唾液とよく混ぜて飲み込むことが大切です。よくかむことで血流が良くなり、認知症予防にもなりますし、唾液には発がん性物質を抑制する効果があるからです。もう一つの人間の楽しみである「よく話すこと」は、人間を人間らしくしている最大のポイントであり、人生の質を高め、保つことができます。歯がなくなると発音が明瞭でなくなり、話すことが億劫になります。話すことは人間の心の健康にとってとても大切なことです。
 歯は年齢とともに減っていくように思われますが、実は直接的な関係は強くありません。歯がなくなる原因の42%は歯周病、32%は虫歯で、実に約75%が毎日のオーラルケアで防げます。大事なことは治療ではなく、予防歯科の実践です。つまり、歯科医師による「プロケア」と、歯科医師の指導に基づく「セルフケア」によって、口内トラブルを未然に防ぐことです。自分の歯磨きだけでは汚れはなかなか取り切れないので、プロとセルフの両方のケアが大切なのです。正しいオーラルケアで皆さんの健康寿命が延び、生涯現役で生活が充実することを願っています。

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「我が国の進むべき道」

3月14日卓話要旨
衆議院議員 石破 茂 氏
(野村 憲弘会員紹介)
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これからの日本は、サステナブル(持続可能)な国なのか、インデペンデント(自立的)な国なのかが問われているのだろうと思っています。日本の人口は現在の1億2700万人から、2100年には5200万人に減ると推計されています。しかも、高齢になるほど人口が増えていく構造で、これでは社会を支えられません。人口が減っていくのは、結婚する人が大幅に減り、生まれてくる人が少なくなったからです。しかし、成人男女の8割は結婚したいと考えています。それは、景気が良くなったといわれる一方で、年収186万円以下の人が929万人いるというふうに、持てる層と持たざる層の二極分化を起こしているからだと思います。グローバリズムとはそういうもので、国家間の格差は縮まりますが、安い国の賃金に合わせるので、貧しい人はどんどん貧しくなっていくのです。
 都道府県で婚姻率が最も高いのは断トツで東京都ですが、出生率が最も低いのも東京都です。こういう状態が続くと、これから人口は急激に減っていき、社会保障が持たないことになります。長生きしたのはいいけれど、医療も介護も受けられない、年金ももらえないような国はつくってはならないわけで、単に消費税率を上げればいいという話ではありません。消費税は人口が伸びて、経済も伸びて、格差がそれほどないことを前提に設計されている制度なので、人口が急減し、経済がそれほど伸びず、格差がかなり固定化されている状況で果たす役割は、今までと異なると思います。本質的な話はそこにあると思っています。
 食料やエネルギーを作り、出生率も高い地方が滅んで、食料やエネルギーを作らず、出生率も最低の東京だけが残る日本は国家としてあり得ないと思います。東京は日本を引っ張っていかなければならないのですが、サステナブルかというと決してそうではありません。首都直下型地震が起これば東京に相当の負荷が掛かるでしょう。また、昭和30~45年のたった15年間に日本中の地方から500万人が移住し、急に若くなった首都圏では、これから必ずその逆のことが起こります。そうなると、医療介護の持続性が問われます。地方がどんどん衰退し、東京に相当な負荷が掛かる状況を、日本の終わりと言わずに何と言うのでしょうか。それに答えを出すために、自民・公明両党による1強体制はあるはずです。この国はこれまで面倒なことは先送りする文化でやってきました。しかし、社会の仕組みや国際環境が激変する中で、これからは先送ると次の時代に破壊的な負担がのしかかるということを認識すべきだと思います。
 日本の繁栄を支えた前提は冷戦構造でした。戦争が起こる要因である領土、宗教、民族、政治体制、経済間格差、これらが冷戦期は米ソの力が均衡していたので、顕在化しませんでした。ソ連が崩壊して以降、戦争や紛争が起こるようになったのはある意味必然だと思います。力の均衡を再び確保していかなければならない中で、日本は安全保障に正面から向き合わずにきました。
 憲法9条2項は戦力不保持を定めています。憲法改正の議論でも、安倍総理は、「陸海空の自衛隊は必要最小限度の組織で『戦力』にあたらず、軍隊ではない」という従来の説明を踏襲されていますが、「必要最小限度」は変化する基準です。本当に今後もこの条文を維持するのかというのが、憲法を巡る私と安倍総理の相違点です。やはり本質から目をそらしていたら、いつまでたってもこの国は変わらないと思います。「交戦権を認めない」といっても、日本に手をかけようとする国は交戦権をフルに行使するので、抑止力を持ち得るとは思えません。私たち国会議員は、「この国をどうしますか」と国民に正面から問い掛けるために仕事をしているのだと考えています。
 国民が政治家を信用している割合は高くないということは自覚しています。しかし、政治家が「これを言っても票が減るだけだから言うのをやめよう」というふうに、国民を信用していないのに国民から信用してもらおうなどと考えない方がいいと思います。問題を先送りにするのはやめて、この国のために何を語らなければならないかということを政治家がきちんと考え、正面から有権者に問うことだと思います。民主主義というのは、できる限り多くの人が参加して、有権者に正しい情報が与えられなければ機能しません。誰がやっても一緒と思い始めたときに、この国の民主主義は崩れていくと思います。

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2019年3月27日 (水)

「ローテックス活動について」

3月7日卓話要旨
ローテックス 江原 珠李 さん
(中島 英嗣会員紹介)
 
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 私は2015~16年度、国際ロータリーの青少年交換プログラムでメキシコに派遣していただきました。現在は神田外語大学のスペイン語専攻の2年生です。
 ローテックスとは、ロータリー青少年交換プログラムで1年間留学した学生たちがその後3年間、留学経験を生かして活動する集まりです。主な仕事は、派遣来日学生のサポート、ロータリー行事でのお手伝いなどで、ローテックスが行事を企画運営することもあります。通常はロータリアンが来日学生にカウンセラーとしてつくのですが、年齢がかなり離れているので、学校などでの小さな問題をもっと気軽に話せるように、ローテックスがジュニアカウンセラーとして学生につき、サポートしています。
 私がメキシコに派遣されていた当時は、高校2年生でした。派遣国が発表されたときは、ロータリアンの人から「メキシコは治安が悪いから気を付けてね」と言われて不安だったのですが、私が訪れた地域は治安がそれほど悪くなく、日本と同じように安全に生活できました。それから、メキシコは暑いと思われるかもしれませんが、私が派遣されたプエブラという街は標高が高く、とても涼しい場所でした。雪は降りませんが、日本と同じくらい寒くなるので、暑い国というイメージで荷造りをしていった私は、冬前に何度も風邪をひきました。
 メキシコでは、来校3日目ぐらいで友達ができました。メキシコ人の性格だと思うのですが、みんな陽気で優しく、とても助けてもらったので、学校生活は楽しかったです。授業は全てスペイン語で、分からないときは友達が教えてくれたり、先生も授業後に丁寧に説明してくれたので、楽しくスペイン語を習得できました。ホストファミリーや街の人もとても親切で、私のメキシコに対するイメージはどんどん変わり、いつの間にか私も明るい性格になることができました。
 メキシコではロータリーの活動もしました。メキシコは貧富の差が激しいので、冬に貧しい地域を訪れて毛布や防寒具を配る活動をしました。それから、学校がない地域に小学校を建てるための募金活動をして、その寄付金を渡しに行ったりもしました。こうした活動を通して、私は人の役に立つことがしたいと強く思うようになりました。
 帰国後はローテックスとして活動しています。派遣来日学生のサポートなど、人助けとしては小さなものではありますが、いつかは多くの人の役に立つことにつながる第一歩だと思いながら活動しています。
 ローテックスの活動としては、8月にサマーキャンプを行っています。来日学生が日本に着いてすぐに参加し、派遣生同士で交流したり、日本語や日本文化について学んだりします。また、月2回、茶道の稽古をしており、来日学生の日本語スキル向上につながっています。隔月で行っている「フィールドトリップ」では、日本でしかできないことを来日学生に体験してもらっています。一番のメインイベントは3月のジャパンツアーで、来日学生を連れて日本の名所を回ります。9日間の長旅ですが、帰国後に母国で日本のことをいろいろ教えられるようにすることもテーマの一つです。行き先も全て自分たちで計画するので大変ですが、旅行後に「いい思い出になった」と言われると、これからも活動を頑張っていく励みになります。
 青少年交換プログラムはロータリーの中でも一大イベントだと思っています。私がこうして卓話をしているのも、このプログラムでローテックスになれたからで、普通の学生にはできない経験をたくさんさせていただきました。このプログラムは、「小さな親善大使」というテーマがあるので、派遣先で日本のことを伝え、現地の文化・歴史・社会情勢を理解することを求められています。普通の語学留学とは違うからこそ、いろいろなことを学べるいい機会にもなりますし、それだけ難しいことに挑戦するからこそ大きく成長することができました。ですから、多くの学生にこうした貴重な経験をしてほしいと思っています。そのためにも、私たちローテックスは、このプログラムのことを多くの人に知ってもらう活動を全力で頑張りたいと思います。ジャパンツアーやフィールドトリップができるのもロータリアンの皆さまの支援があってのものです。これからも派遣生が「小さな親善大使」として国内外で活躍できるよう、私たちローテックスも全力でサポートしていくので、ご支援をよろしくお願いします。

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2019年3月15日 (金)

「希望の風、奨学金制度について」

2月28日卓話要旨
2580地区希望の風奨学金支援委員会委員長 百目鬼 健 氏
(玉木 勝会員紹介)
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   「ロータリー希望の風奨学金制度」は、2011年3月11日に発生した東日本大震災の遺児たちに奨学金を給付する制度です。両親または片親を亡くした遺児が高校を卒業後、大学・短大・専門学校で学んでいる期間、毎月5万円を給付し、返済は求めません。中高生はもらうことができず、専門学校生は高校卒業程度の学力があることが条件になっています。留年、休学、退学をすると、給付が打ち切られます。
 この制度がスタートしたのは、震災から8カ月たった2011年11月1日でした。ロータリアンとして、この制度ができた経緯を知っておくことは大切です。マグニチュード9.0という大地震と大津波により、被災範囲も北海道から千葉までと広く、被災地のどこに支援の手を伸ばせばいいのか判断しかねている各クラブに対し、2010~11年度のガバナー会で支援の窓口を一つにするように提案がありました。それに呼応してただちに各地から義援金が集まり、最終的には10億3800万円に上りました。そして、この義援金をどのような形で使えば被災地支援として有効なのかを検討する委員会をガバナー会の中に発足させ、被災地から5名、被災地以外から5名の計10名のガバナーからなる「東日本大震災支援検討委員会」が立ち上がりました。
 まず、集まった義援金の中から見舞金として北海道東部、青森、岩手・宮城、福島、栃木、茨城、千葉の各地区に計1億6800万円をお渡ししました。他にも義援金の使い道をいろいろ検討する中で、被災地・福島のガバナーから「決して大きくはない額を配分してしまうのではなく、将来を担う青少年の教育環境の改善のために一括して使うべきだ」という意見が出て、委員会としては「義援金を分散させずにロータリーらしい青少年の道を探る」という結論を出しました。この決定は、1923年の関東大震災の際に東京ロータリークラブが取った対応に学んでいます。生活用品の提供ではなく、人を育てる環境づくりや次世代を担う子どもたちの救援に義援金が向けられました。このことは、1995年の阪神・淡路大震災、2004年の新潟県中越地震にも受け継がれているそうです。
 しかし、次年度のガバナー会では長期のプログラムはできないと決断し、残りの義援金をいったん各地区に返還することにしました。そこで、そのとき賛同した10地区で「ロータリー東日本大震災青少年支援連絡協議会」を新設して義援金の使途を検討し、奨学金制度を始めたのです。制度開始から丸7年が経過し、現在の支援地区及び支援団体は、当地区を含めて28地区、この中には海外の2地区も含まれます。2019年1月31日現在、133人(延べ人数では368人)の学生に奨学金を給付してきました。
 大震災の直前に生まれた子どもが大学を卒業するのは2033年3月です。少なくともそれまでは、この制度を維持しなければなりません。制度の対象人数は1724人で、必要な金額は合計10億8000万円と試算されており、今年1月時点であと1億7500万円不足しています。まずは皆さん自身がこの制度を知り、新入会員の中にはこの制度のことを知らない人もいるので、例会を通じて啓蒙し、少額でも継続的に支援していただきたいのです。
 青少年支援連絡協議会の方針の一つに、「希望の風奨学生とロータリーとの交流を図ろう」というものがあります。この制度を利用して、明るく生き生きと勉強し成長している若者を直接見ていただくことで、さらに支援につながるとわれわれは考えています。
 ただ、交流を通じてわれわれが知ったことは、奨学生自身にロータリークラブから奨学金をもらっている実感があまりなかったことです。これには驚いています。しかし、考えてみると、本人がこの制度を知って申し込んだ場合を除けば、保護者が手続きをし、保護者を通じて本人にお金が渡る流れになっているので当然です。保護者は感謝していても本人は知らないことが多かったのは、大きな反省点です。ただ、交流を通じてわれわれの制度を知ってもらい、感謝の気持ちを伝えてくれたことは非常にうれしかったです。また、協議会のもう一つの方針として、「奨学生がロータリーの本質に触れて、自らが奉仕活動を実践する大人に成長してほしい」というものがあります。
 このプロジェクトは素晴らしいものであり、次世代を担う青少年の支援になっています。ぜひ2033年まで無事に継続できるよう、不足分の支援をお願いします。

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「コンサートホールの音づくり」

2月14日卓話要旨
(株)竹中工務店 技術研究所 日高 孝之 氏
(児玉 正孝会員紹介)
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   コンサートホールの音響設計では、オペラやコンサートなどの舞台芸術を、作者が意図したように最も美しく響かせる空間をつくることが重要です。なぜなら、作曲家は自分の身の回りにある教会やホールなど特定の空間での響きを想定して、そこで最も美しくなるように曲を作ってきたからです。ですから、コンサートホールを設計する際には、こういう響きのものが欲しいという人の感性に対して、音が伝わるという物理現象をコントロールする必要があります。つまり、人の感覚を物理的な数値で明確にする作業を行い、それを落とし込んで設計図を作っていきます。
 音楽を扱う難しさは、同じ音楽を聞いても人それぞれで異なる主観的な体験をしていることにあります。そのことを脳から考えてみます。脳を三つの層で捉えると、根っこは本能に関わる部分です。潜在意識ともいいます。その上に、情動を抑制する部分と理性をつかさどる部分があります。実は、われわれが音楽を聴いたり踊ったりしているときには、根っこの部分が激しく反応しています。つまり、潜在意識が音楽と非常に関わっており、音楽は人間の本質的な感性なのです。だから、われわれは音楽に感情移入できるのです。
 物理現象としては、人間の鼓膜に入った音が有毛細胞という感覚器官で電気的な信号(パルス)に変換されます。それが伝わって、脳内の神経で再構築され、われわれは音を感覚(クオリア)として感じているのです。しかし、人によって音の再構築のされ方が異なるので、感性や感覚が違ってきます。だから、それをいかに客観化し、設計に取り入れるかというのは最も難しいのです。
 1990年代、日本では本格的な劇場ホールが多く造られました。ただ当時は、世界的にも音楽的に良いホールとはどのようなものか、十分に解明されていませんでした。そこで、われわれは二つのことをしました。
 一つは、世界中の指揮者に手紙を送り、どんなホールが好きかを聞いて、良いホールを探すことでした。もう一つは、コンサートホールのランキングを参考にし、指揮者や音楽評論家にアンケートを取って、その結果を統計的に並べ替えることでした。そして、それをベースに世界66のホールを訪ね、音響を測定しました。実際にインタビューなどもして、良いホール、悪いホールの特徴を見つける調査研究をしたのです。
 良いホールは、音に包み込まれたような立体的な感覚を感じることができます。それに対応する物理量をわれわれは測ってきました。ただし、実際に建築を進めていく上で、数値だけでいいのかというとそうではありません。そこで、仮想のホールをコンピューター空間の中に模擬的に作り、設計段階である程度の音の確認をしています。その次に10分の1の模型を作って、この中で実験をし、音を確認しています。実際に作るのは大変ですが、建築は手直しができないので、設計精度を上げるためにもこのように2段階で設計します。最終的に建物ができた段階で、数値化できないものが当然あるので、耳で確認して手直し工事をしています。
 初台にある東京オペラシティコンサートホールは、世界三大ホールの実測値を設計目標にして造ったのですが、竣工して20年弱がたったときに、イギリス・ガーディアン紙の「世界のコンサートホールベスト10」に選ばれました。また、ホールというのは同じ形をしているのでデザインに差を付けるのは難しいのですが、代々木にあるホールを造ったときは、建築主から「外観を見て私のホールであることが分かるようなデザインにしてほしい」という要望を受けました。形は違えども、数値的には世界的に良いホールを目指して建築を進めた結果、良い評判を頂いています。初台の新国立劇場にあるオペラハウスは、日本初のオペラハウスでした。前例がない中でわれわれは、今度は世界三大オペラハウスの数値目標に沿って造りました。幸せなことに、世界21名の指揮者へのアンケートの結果、このオペラハウスが4番目に選ばれました。
 音楽に対する人の感性には、普遍性があります。
われわれの生理的機構は、変わることはないわけです。
つまり、音楽にとって好ましいホールは、時代を超え
て存在し得るといえます。そこに音響設計をすること
の普遍性も存在すると思っています。これまで話して
きた客観的な設計方法は、それに対する一つのソリュ
ーションではないかと思っています。

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2019年3月 4日 (月)

「ふるさと納税、ホントのところ」

2月7日卓話要旨
(株)トラストバンク 代表取締役 須永 珠代 氏
(新 健一会員紹介)

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   私は2012年から、ふるさと納税総合サイト「ふるさとチョイス」を企画運営しており、全国の自治体の約8割に当たる1400を超える自治体と契約しています。これまで地方に直接足を運び、漁師や農家、旅館や牧場の経営者などいろいろな方とお会いして、ふるさと納税の可能性を伝えてきました。今では20万点の返礼品を掲載しています。
 ふるさと納税は、2008年に施行された制度です。私は群馬県伊勢崎市に生まれ、高校卒業までの18年間そこでお世話になったのですが、今は東京で就職し、東京で税金を納めています。しかし、地方が育てた人材が東京に税金を納めているのは不公平です。そこで、一部でいいからふるさとに恩返ししようというのがふるさと納税の趣旨です。「ふるさと」というのは、どの自治体でもいいことになっています。
 ふるさと納税の方法は簡単で、インターネット販売と同じように、申し込むと控除証明書(いわゆる領収書)が自治体から送られてくるので、それを確定申告に出すだけです。少しだけ制約がありますが、ワンストップ特例制度といって、確定申告をしなくていい方法もあります。また、寄附するときに返礼品だけでなく使い道も選べます。普通、税金の使い道は自分で選べませんが、ふるさと納税は間接的ではありますが使い道を選べる唯一の制度なのです。
 ふるさと納税の寄附金額は右肩上がりで伸びていて、1億円以上集める自治体が何と500以上もあります。寄附金は自治体の税収になるだけでなく、地場産業の発展につながっています。しかも、寄附金は寄附者の指定した使い道以外はある程度裁量のある使い方ができるので、未来への投資として使うことができ、首長や職員は本当に感謝していると思います。
 例えば佐賀県太良町のミカン農家は、それまでは他のミカンと同じような流通をしていましたが、ふるさと納税への出品をきっかけに、全国にファンができました。さらには農地を拡大することができ、新たな雇用も生まれました。また、ジュースやゼリーに加工販売することで年収が安定するようになりました。ネット販売も始めたことで、販路拡大にもつながっています。こうしたミカン農家のようなインパクトを生んだ事業所は、全国に1~2万以上あることが想定されます。
 弊社が最も力を入れているのは「ガバメントクラウドファンディング」です。自治体のいろいろな課題を解決する資金を調達するためのものです。文京区の例を挙げると、分かっているだけで区内に子どもの貧困世帯が1000世帯あります。その子どもたちのために、「こども宅食」というものを始めました。食品メーカーからNPOに送られた賞味期限間際の食品などをストックして子どもたちに届ける仕組みなのですが、人件費と設備投資費がかかります。その予算を文京区としては少ししか出せないので、資金を補うためにふるさと納税を活用することになりました。これには返礼品はありませんが、2000万円の目標金額に対し8000万円が集まりました。
 「ふるさとチョイス」には、ふるさと納税を通じて被災地を支援できる仕組みもあり、累計50億円以上の災害支援金が集まりました。
 しかし、自治体はあんなに大判振る舞いして、本当にもうかっているのかという質問をよく受けます。例えば皆さんが1万円を寄附すると、その3割が返礼品代となり、人件費や事務手数料を引いた残りが自治体の税収となります。返礼品の送料だけは地域外に流出しますが、1万円のほとんどは地域内に落ちるので、自治体は税収をきちんと住民に還元することができるのです。
 今、返礼品が高価過ぎることが問題になっています。自治体の税収のために行っているのに、ギフト券などで返礼してしまうと結局は大手企業に使われてしまうので、それではいけないというのが総務省の見解です。総務省が自治体をいじめているような構図になっていますが、実は総務省は制度の趣旨に沿った多くの自治体を救うために致し方なく規制を強化したので、多くの自治体は総務省の決定に感謝しています。
 「ふるさとチョイス」の方針として、地場産業でなければ駄目だということ、共通ポイントやギフト券は扱わないことを掲げています。そして、地元にお金を落とさなければならないので、手数料は平均2~3%だけ頂いています。
 このように、ふるさと納税は民意の反映なので、ぜひ皆さんの意思をふるさとに届けてほしいと思います。

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2019年2月18日 (月)

「裁判員裁判を中心とした刑事裁判の実際」

1月31日卓話要旨
公証人   栗原 正史 氏
(宗宮 英俊会員紹介)
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   私は調理師を9年、裁判官を27年務めた後、今は公証人をしています。裁判官としては、刑事ばかりを扱ってきました。その中で、裁判員裁判を60件以上担当したので、一応ベテランの部類に入っていました。
 裁判には、私が扱っていた刑事裁判の他に、民事裁判、家事審判、少年審判があります。裁判所の種類には、第1審の地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所、第2審の高等裁判所、第3審の最高裁判所という3段構えになっています。裁判官の数は、簡裁判事を含めて3843人ですので、希少な職種です。
 裁判員裁判では、第1審の地裁で扱う刑事事件のうち、死刑や無期懲役など法律で定められた一定の重い罪だけを扱っています。なぜなら、そうした犯罪の方が国民の関心が高く、社会的影響が大きいと考えられるからです。ただ、裁判員に危害が加えられる恐れのあるものや、長い時間がかかるものについては除外することになっています。数でいうと、平成21年に始まって以来、全国で毎年約1000~1700件の裁判員裁判が行われています。刑事事件全体は7000~9000件といわれているので、これはかなりの割合です。
 裁判員裁判は司法制度改革の一つとして始まりました。平成11年に司法制度改革審議会が設置され、司法制度改革の三つの柱として、「国民の期待に応える司法制度」「司法制度を支える法曹の在り方」「国民的基盤の確立」が掲げられ、刑事訴訟への新たな参加制度を創設すべきだとして始まったのです。その後何度か改正がありましたが、ようやく軌道に乗った運営をしています。
 主に英米法の国では陪審制が、大陸法の国では参審制が行われています。どう違うかというと、陪審制では陪審員だけが裁判をするのに対し、参審制では裁判官と裁判員が一緒に裁判をします。どちらかというと、日本の裁判員制度は両方を足して2で割ったような感じです。裁判員制度は、国民が裁判に加わることによって国民の司法に対する理解を増進し、長期的に見て裁判の正当性に対する国民の信頼を高めることを目的にしています。
 裁判員は有権者から選任することになっていますが、70歳以上の人、学生、病気の人などは辞退することができます。「裁判も法律も知らないのに、裁判員などできるのか」と言う方が多いのですが、心配無用です。というのも、法律の専門家と司法関係者は元々排除されています。法律のことは裁判官がやるので、裁判員には事実の認定と量刑に知恵を絞っていただきます。
 量刑を決めるのは、簡単に見えてなかなか大変です。刑罰の考え方の中核をなすのは「目には目を」という考え方で、刑罰は応報だと考えられているので、刑罰は行為に見合ったものであることが大前提になります。「そうはいっても、大体の量刑相場はあるだろう」とよく聞かれます。事件は千差万別ですが、同じような事件は同じような結論でないと不公平なので、大枠の範囲内でとどめなければなりません。そこで、われわれの世界では「量刑検索システム」といって、似たような事件をデータベース化して量刑を決める参考にしています。
 それでも、「裁判員裁判で決めた刑が高裁でひっくり返されるではないか」という批判があります。高裁や最高裁は裁判官だけで裁判をしていますが、せっかく国民の声を反映した判決を破棄することがあります。それは、司法の世界では民主制だけが正しいわけではなく、多数決原理に親しまない部分もあるからです。その一つが合理性であり、公平性です。特に死刑については、不公平な死刑は絶対に避けなければなりません。死刑以外については、第1審で行われた裁判員裁判の結論がほぼ維持されています。
 「辞退者が非常に多いと聞くが、一般人には重荷なのではないか」ともいわれます。報道によると、平成21年には83.9%の人が裁判の呼び出しに応じたのですが、平成28年には約60%に落ちました。ただ、われわれは皆さんのご負担を前提にしながらも、メリットを感じています。それは、裁判官だけで議論しているのとは全く違う観点からの意見を頂くので、非常に参考になることが多いからです。
 引き受けたものの、途中で精神的負担に耐えられなくなった場合、辞めることはできるのかという質問を受けるのですが、辞めることはできるので心配は要りません。刑事裁判では刺激的な証拠に触れることがあるので、メンタルケアの体制も整備しています。

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2019年2月12日 (火)

「映画づくりはひとづくり、まちづくり」

1月24日卓話要旨
映画監督  瀬木 直貴 氏
(久保田 忠義会員紹介)
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   私の映画の原体験は、東宝のゴジラシリーズです。私のふるさとである四日市市は、実はゴジラによって最も破壊された街なのですが、4~5歳のときにゴジラの映画を見にいくと、見慣れた風景が銀幕に映っているのをとてもいとおしく感じたのを覚えています。小中学校ではアニメなどを見に行ったりする程度で、特に映画業界との接点はありませんでしたが、立命館大学に進学し、東映太秦映画村でアルバイトを始めたのをきっかけに、映画業界に接することになりました。
 私は新聞記者になりたかったのですが、就職活動で6社受けて全て落ちました。勉強もしていませんでしたから当然です。それで、やはり映画の世界に行きたいと思い、2年半だけ東映のグループ会社に勤めました。それ以降はフリーランスの立場で監督業をなりわいとしています。
 映画は、1秒間に24枚の写真が映っているのと同じです。映画には、人の心をかきたてる秘密が何かあるのではないかと思い、映画業界に入って30年が過ぎました。監督はライセンスが必要ではないので、誰でも映画監督を名乗ることができます。ただ、周りが認めるかどうかは別問題です。私たちがついていた監督が病に倒れたのをきっかけに、26歳のときにいきなり監督になるチャンスが巡ってきました。
 私は今まで17本の商業映画を撮ってきました。現在は地方創生ムービープロジェクトを展開していて、最新作は川栄李奈主演で、大杉漣さんの遺作となった「恋のしずく」です。
 映画館の観客動員は、昭和28年ごろの約11億人をピークに現在は1.8億人まで減っていますが、公開本数はかなり増えています。しかし、スクリーン数は横ばいなので、公開本数が増えると映画1本当たりの公開期間が短くなります。すると、1本当たりの映画に触れる人の数が減り、今ではその平均は15万人です。つまり、15万人が見たら大ヒットになるのです。
 日本映画の制作費は1億~2億円ぐらいかかっていますが、私は6000万~8000万円という低予算で作っています。しかもオリジナル作品なので、ベストセラーやコミックなどの原作メリットがなく、告知する機会がありません。また、オールロケで撮っていることが多いです。このように、オリジナルストーリー、オールロケ、低予算の三重苦なので、皆さんは私の映画を見たことがないのです。
 私は今まで、「ラーメン侍」「カラアゲ☆USA」「春色のスープ」などグルメ系の映画を多く作ってきました。食べ物は世界中で親近感のあるテーマです。また、人口減少時代においてどのように人口を増やすか、雇用を創出するか、地域にお金が環流する仕組みをつくるかという地方創生においても、食べ物は商品化がしやすく、なじみやすいのです。私は、和食がユネスコの世界文化遺産に登録されたタイミングで、「恋のしずく」を作ろうと考えました。
 お酒というのは米と水がであって、神様がそこに降りてきて生まれたと考えられていました。それと重ね合わせるように、男女が出会い、神様の仕業で恋が生まれるというふうに、酒と恋の物語にしようと思ったのです。この映画は、東広島市西条という町で撮影したのですが、西条駅前に現役の酒蔵が七つ建っています。こんな町は日本全国探してもここにしかありません。地方創生で交流人口を増やしていくために県外から人を呼び込もうと地元を説得し、皆さんと手を携えて映画を撮ることにし、昨年秋に公開しました。
 この映画はJR西日本のデスティネーションキャンペーンで取り上げられ、大阪、広島、岡山駅などでフェアが行われています。また、映画をフックにして商品化が始まり、酒蔵巡りのパスポートや酒器を作りました。「恋のしずく」「鯉幟(こいのぼり)」というお酒を地域の酒蔵や酒販店と開発しました。「恋のしずく」の直接経済効果は、昨年12月末時点で約1億7000万円あり、2億円は超えるといわれています。広告効果は少なく見積もっても5億円以上です。それにより、「第9回ロケーションジャパン大賞」で審査員特別賞を頂きました。昨年は西日本豪雨があったので、復興の象徴としてこの映画が評価されました。公開後の11月には、東広島市の観光客数が過去最高になりました。
 私はこれからもオールロケ、オリジナル作品、低予算で、映画を小さく作って大きく広げることを地道に続けていきたいと思っています。

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