2019年7月23日 (火)

「人生100年時代に向けて摂りたい栄養のお話~少しの工夫で賢く栄養がとれる~」

6月20日卓話要旨
東京慈恵医科大学附属病院 管理栄養士 赤石 定典 氏
(島田 隆之会員紹介)

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 最近は人生100年時代といわれ、平均寿命は男女とも80歳を超えましたが、平均寿命から健康寿命(誰の手も借りずに健康で生きられる期間)を引くと、約10年は健康でない状態で生きていくことになります。その期間を短くするには、まず寝たきりを防ぐことです。
 寝たきりを防ぐには、栄養状態を改善し、手術後は多少痛くてもすぐにリハビリを始め、退院後も外出することが大切です。風邪を引いたり、精神的に落ち込んだりして食欲が落ちると、免疫機能が落ちます。すると、また風邪を引いたり、筋肉が落ちて転倒・骨折して寝たきりになったりします。これが低栄養の負のスパイラル(低栄養症候群)です。ですから、骨折さえしていなければリハビリはすぐ始められますので、そのためには痩せ過ぎず、筋肉量を維持し、骨粗鬆症を予防するために必要な栄養を摂ることが重要です。
 しかし、いくらいいものを摂っても吸収できないと意味がありません。体に必要な栄養素の99%は小腸で吸収され、大腸では要らないものを出しています。腸を健康な状態に保つには、腸内細菌をしっかり確保することが重要です。
 腸内細菌には善玉菌と悪玉菌と日和見菌があります。善玉菌は悪玉菌の増殖を抑え、ぜん動運動を促します。悪玉菌は発がん性物質を作りますが、免疫力の向上やビタミンの合成など有益な働きもします。日和見菌は顔色をうかがって、いい方についていきます。日和見菌を悪玉菌につかせないためには善玉菌を悪玉菌より多くすればいいのです。つまり、腸内フローラのバランスを善玉菌2:日和見菌7:悪玉菌1にすることです。
 善玉菌を増やすには、納豆やキムチ、麹やみそ、ヨーグルトやチーズなど発酵食品を食べるといいでしょう。また、善玉菌の餌となる食物繊維(特に水溶性)が大切です。そこでお薦めなのが大麦(もち麦、押し麦)です。大麦に多く含まれているβ-グルカンは、正常な腸の機能維持や排便促進効果、食後の血糖値上昇の抑制、コレステロール値の低下、心疾患のリスク低減などの効果があります。
 負のスパイラルを防ぐ料理としてお薦めなのは肉豆腐です。肉豆腐には動物性タンパク質も植物性タンパク質も含まれているからです。動物性と植物性は1:1で摂るのが理想です。肉豆腐に炊き込みご飯や、卵料理、野菜料理を添えると栄養バランスが良くなります。また、鍋料理もお薦めです。鍋は具材を変えることでさまざまな栄養を摂れます。力士はちゃんこ鍋を食べますが、ご飯を最初に、または一緒に食べると体重を増やせます。一方、鍋の具材から食べて、締めにおじやを食べると痩せられます。おじやは汁の栄養も全て吸収できるので、しっかりと栄養を摂れます。
 家で調理しない人には「お酢ワーク」を提案します。酢の適量は大さじ1~2杯です。酢は血糖値上昇を抑え、血圧を下げ、内臓脂肪を減らし、疲労回復やカルシウム吸収の補助、食中毒予防などの働きがあります。料理では、小あじの南蛮漬けがお薦めです。小あじと酢を一緒に摂ることでカルシウムの吸収率を上げますし、油で揚げてあるのでカロリーもしっかり摂れます。また、鶏手羽などは酢と一緒に煮てから焼くことで、骨のカルシウムを外に出すことができるのでお薦めです。しじみのみそ汁は、しじみを煮る前にリンゴ酢を入れて貝殻のカルシウムを出すようにします。酢を摂るためにも、専用のボトルを持ち歩くといいでしょう。
 今は飽食の時代なのに、必要な栄養は摂れていません。しかし、少しの工夫で賢く栄養を摂ることができます。カルシウムは吸収率があまり良くなく、10代でも約40%、60代では約10%に落ちてしまいます。特に野菜からの吸収率が良くないので、ビタミンDや酢酸と一緒に摂るといいでしょう。コンビニ弁当などの場合は、枝豆を加えると栄養バランスが良くなります。枝豆は植物性タンパク質と緑黄色野菜のいいとこ取りなのです。家で調理するときはフライパンで蒸し焼きにするとビタミンCの損失も少なく味も良くなります。
 また、ピーマンのワタは捨てず、ゴボウも皮剥きやアク抜きをしないで食べると、栄養が無駄になりません。そうするとごみも少なくなり、調理の手間も省けます。栄養素を理解するだけで料理や食べ方が変わり、意識も変わるのです。そうして健康長寿でいることが一番の社会貢献になると考えています。

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「100年目の神田駅-駅とその周辺の移り変わり」

6月13日卓話要旨
NPO法人神田学会理事 小藤田 正夫 氏
(久保田 和人会員紹介)
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 鉄道は文明開化の象徴で、産業革命そのものです。時間の概念を覆し、お金を払えば誰でも平等に乗れるという、近代化の意味を示す上で非常に重要なものでした。明治5年に新橋・横浜間に初めて鉄道が引かれ、明治16年には熊谷方面から上野に入って青森まで行くために、品川から線路を作っていって、明治22年には新宿から立川まで中央線が、そして明治27年ごろから旧江戸城下の牛込に入り、明治45年には万世橋まで開業します。明治政府はお金がなかったため私鉄で建設をどんどん進めていき、明治36年には甲武鉄道が飯田町から万世橋まで、総武鉄道は本所から秋葉原まで、日本鉄道会社は上野から東京まで線路を延伸する計画が立てられました。明治40年にはこれらが国有化され、東京市街高架線建設工事は官営で行われることとなり、大正3年に東京駅が日本の中央停車場として造られました。
 大正8年(1919)3月1日には中央本線が万世橋駅から東京駅まで延伸され、神田駅が誕生しました。既存市街地の中に駅を作ったのは、神田駅が日本で唯一だと思います。神田はこのために1万坪の土地を提供しました。鉄筋コンクリートの杭を9000本打ち込んで基礎を作り、アーチ橋を組み上げて、れんがと御影石で化粧をしました。当時の運行は「の」の字運転と称され、神田が事実上、東京の中心地になるということで、開業当日には神田区主催で大祝賀会が開かれ、仮設舞台では講武所芸妓百余名による踊りなどが夕方まで続きました。神田駅は電車専用の駅で、待合室等はホーム上にありました。外は赤れんが、中は白タイルで化粧し、天窓から明かりを採るなど、一つ一つがきちんとデザインされており、手荷物預かり所もありました。
 ところが、3年半後に関東大震災が起き、神田は丸焼けになります。線路の枕木も燃えるような火事で、れんが造りだから安心だと思って神田駅構内に避難していた多くの人は、焼死してしまいました。神田駅では戦前まで毎年、慰霊祭が行われていました。
 震災後、東京・上野間の電車専用線の高架工事が急ピッチで進められ、大正14年に完成しました。京浜東北線は上野まで延伸され、神田駅には第2ホームが誕生して山手線と併用になりました。昭和3年には汽車専用線2線が東側に完成し、神田駅は線路が6本になりました。東側は震災後、大規模な区画整理が行われ、昭和恐慌もあって高架工事は実施されませんでしたが、この区画整理で線路を境に町名を作ってしまい、これが今も出張所の単位になっています。線路がコミュニティを分けることは直接的にはないのですが、間接的にコミュニティもそれを引きずってしまうのです。それから地下鉄が入ってきて、昭和6年には万世橋の駅が廃止されて、現在の神田駅が開業します。須田町には地下鉄ストアもありました。
 それが、米軍の空襲で再び焼け野原となりました。戦後まもなく、焼失した神田大通りや金物通りには生活用品を売る露店が集まり、昭和22年ごろには震災復興の区画整理で誕生した神田駅東側の鉄道用地にもアツミマーケットと呼ばれた飲食店が入ってきました。昭和25年にはGHQの指令で道路上の露店は取り払われ、そこにいた人たちは協同組合を作り、東京都が造った残土の埋め立て地に移りました。昭和27年の講和条約で占領軍は撤退し、神田駅西口の商店街は人通りが多くなりましたが、マーケットは手つかずのままでした。
 戦後復興が進みだすと、山手・京浜東北線を同一で線路で運行するには限界となり、神田駅付近でも鉄道用地を使ってホームと線路の増設をする必要が生じました。そこで、国鉄はマーケットへ立ち退きを要求しましたが、マーケット側は30年間の借地権を主張して譲りませんでした。昭和28年に国鉄は裁判所に土地明け渡しの仮処分を請求し、マーケット側へ保障することで工事は再開され、昭和31年に現在のようになりました。神田駅は3面のホームと8線を有する駅となり、大規模な改修が行われました。
 実は当時、丸ノ内線が池袋方面からお茶の水まで延伸していて、神田駅に入る計画があったのですが、東側でもめていたので今の淡路町に移ってしまい、これで神田駅がターミナルになる機会を失いました。
この3月1日には100周年記念として鍛冶町2丁目町会では御神輿を出し、駅や地元商店街でも色々な事業が催されました。地域が一体になって駅の開業100周年行事をやるのは神田ぐらいです。駅が、これからも地域をつなぐものであってほしいと願っています。

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「いま持っている株は手放しなさい!」

6月6日卓話要旨
株式会社ティーモデルアイ代表取締役 塚澤 健二 氏
(清水 宣夫会員紹介)
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 株価の急落は半年ごとに起きています。昨年1~3月に「VIXショック」と呼ばれる急落が起き、昨年10~12月にも起きました。しかし、下げ幅が大きかったにもかかわらず原因が分からないので、名前がありません。直近では今年5月から起きていて、次は今年秋か年末ごろと予想されます。暴落と急落は異なるものであり、急落は下がっても元に戻りますが、暴落は一度下がり始めると止まりません。今年秋から年末に予想される急落は、ひょっとすると暴落の始まりになるかもしれません。
 VIXショックは、米国の長期金利上昇がきっかけでした。昨年10月の急落も米国の金利上昇が原因でしたが、12月の急落では金利が下落する過程で株価が下落しました。これ以降、市場関係者は下落の背景が分からなくなり、上昇する理由も分からなくなったので、とんちんかんなことを言い始めています。それが暴落の引き金となる可能性があります。
 世界は今、金融緩和の状態です。伝統的な緩和策の一つは金利を下げる方法です。米長期金利が下がる過程で、ニューヨークダウは上がっていきます。2016年まではそういう形でしたが、今は乖離しています。つまり今回は、金利引き下げで株価が上がっているわけではないのです。もう一つの策は量的緩和です。FRBの資産は2014年12月以降減っていますが、2016年10月以降は逆に株価が上がっています。つまり、伝統的な二つの緩和策が全く使われていない中で今回は株が上がっているのです。FRBの金利下げを市場関係者は歓迎していますが、私は下げたら株が暴落すると考えています。これは世間の見方と真逆です。
 今は米国のイールドスプレッド(10年物の利回りと2年物の利回りの差)が小さくなっています。実はこれが第3にして最後の緩和策なのです。昨年の2回と今年5月からの株価急落は、金融緩和の中で一時的に引き締めが起き、イールドスプレッドが拡大したことが原因です。5月5日にトランプ大統領が中国からの輸入品2000億ドル相当への関税引き上げを表明し、株価が下がりましたが、それはきっかけにすぎません。一時的な引き締めであり、また緩和されれば株価は戻ります。ですから、今ぐらいが最後の買い場であり、秋以降に株を手放すべき場面が到来します。秋には英国のブレクジット問題やドイツ銀行の問題も余談を許さなくなるでしょう。ドイツ銀行がつぶれると、世界中の金融が混乱しますから、ドイツ銀行の株価をチェックするといいと思います。
 それから、ドル建ての日経平均株価は、米ナスダック指数と連動しています。今は乖離していますが、重なるときが来ます。重なると、株価が上がっているときは下落に向かいます。ですから、これから夏の参院選ぐらいまでに2万4000円台まで上がって重なり、その後は下落するはずです。そうなると怖いと考えるといいでしょう。
 それを操作しているのが外国人投機筋です。彼らは直近で過去最低ぐらいまで日本株を売っていますが、また買い上がってくるので、ここを買っておけば株価は上がります。彼らが2014年まで日経平均を動かしていたわけです。2014年以降乖離しているのは、アベノミクスでGPIFと日銀のETFの資金約60兆円を株式市場に入れたからです。そうでなければ日経平均は8500円になっていたはずです。あれから5年たっているので、GPIFもETFも今秋には何か変更が起こり、これが株を暴落させる可能性があるので、注目すべきです。とにかくいろいろなことが今秋以降、非常に危険な時間帯を迎えます。
 人手不足も、人口減少によって起きているのではなく、60兆円の資金を日本の株式市場に投入したことによってつくり上げられたものです。今後、株価が暴落すると、有効求人倍率は急落して人余りになります。つまり、アベノミクスはそういう状況になるまでに6年間の猶予をくれたことになり、われわれはその間に何をしていたかが問われることになるわけです。
 日銀は、株価を支えるために年間6兆円のETFを買っていますが、日経平均が1万8400円まで下がると日銀のETFは簿価割れになります。1万7700円まで下がると赤字に転落します。1万1700円まで下がると債務超過になります。ですから、結局は自分の首を絞めることになりかねません。外国人が売り崩しを狙ってくるときにはこの三つの数字をターゲットにしてくるので、皆さんもこれらの数字を覚えておいてください。

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「落語家が教える豊かで楽しい日本語の使い方」

5月30日卓話要旨
落語家 立川 雲水 氏
(藤井 城会員紹介)
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 私は昭和63年11月に立川談志に入門し、いろいろな会場に行っておしゃべりしてきましたが、このグランドパレスの会場で東京神田ロータリークラブの皆さまを前におしゃべりすることが小さい頃からの夢でした。今日は夢の一つが叶ったわけです。
 談志が他界したのは2011年11月21日です。われわれはその日を「奴隷解放記念日」と呼んで、毎年弟子たちみんなで楽しんでいます。彼は落語家として活動しただけでなく、いわゆるタレント議員の先駆けとして参議院の全国区に立候補し、定数50人中50番目の最下位で当選しました。しかも、本当は落ちていたのですが、選挙中に50番以内の方が1人亡くなられて繰り上がったのです。彼は当選時の会見で、「落語も国会議員も真打ちは一番最後に出るもんだ」と言っていました。しかし、当選だけして何もせずに議員歳費をもらってぼーっとしているような不届きな議員ではありませんでした。沖縄開発庁政務次官という要職を3週間という長きにわたって務めたのです。といっても、就任3週間目に、べろべろに酔って記者会見をしたため、罷免になったのですが。
 いろいろな思い出があるのですが、私が前座の志雲だった頃、談志に付いて1週間、ハワイへ行ったことがあります。そのとき、前座の仕事以外にもう一つの仕事がありました。当時世間をにぎわしていたのは、勝新太郎がハワイへ行く飛行機の中で、謎の男からパンツの中にコカインを入れられたという事件でした。ですから、師匠のパンツの中にコカインを入れてくる男がいたら、それを阻止しなければならないという大変な役目を仰せつかっていました。
 師匠が亡くなって10年近くになりますが、先日ようやく私の夢に出てきました。師匠が地獄に落とされて、釜ゆでの刑に処せられている夢でした。実は師匠が亡くなる2年前に私の兄弟子ががんで亡くなり、その1年後に弟弟子が脳出血で亡くなったのですが、釜番をしているのがその兄弟子と弟弟子なのです。私は思わず大きな声で、「何をぼーっとしてんねん。もっとまきをくべろ」と叫んでしまいました。
 今はプロ野球シーズンですが、私はどちらかというとパ・リーグのファンで、広島東洋カープがセ・リーグを制して日本シリーズに出る年には、埼玉西武ライオンズには出てきてほしくないのです。なぜなら、広島は市民球団であり、スポンサーがロータリーエンジンで知られるマツダですから、ライオンズがロータリーに勝てるわけがないではありませんか。
 日本はクルマ社会ですが、皆さんと楽しい頭の体操をしようと思い、車偏の漢字をいろいろと考えてきました。MVPの方には私からプレゼントがあります。ちょうど平成から令和になる日の深夜、テレビ神奈川で若手噺家対抗大喜利大会という番組があり、私は立川流の代表として出て優勝して、賞品のヨーロッパペア旅行を勝ち取りました。それをMVPの方に差し上げたいと思います。
 まず、例題です。車偏に「借」で何と読むでしょうか。「レンタカー」です。
 では、本題です。車偏に「白黒」で何と読むでしょうか。「パトカー」、残念でした。答えは「霊柩車」でした。次は、車に「赤」と書いて何と読むでしょうか。「消防車」、惜しい。「郵便車」、惜しい。「ポルシェ」、ポルシェは赤だけとは限りません。「フェラーリ」、これも赤だけとは限りません。「パトカー」、上は赤ですが惜しい。「乳母車」、赤ちゃんだから乳母車、惜しい。「赤い車」、そのまんまですね。正解は、日本コカ・コーラボトリングの営業車でした。
 次は、車に「火消し」と書いて何と読むでしょうか。「今度こそ消防車」、残念でした。答えは、野球場のリリーフカーでした。
 車に「子供」と書いて何と読むでしょうか。「乳母車」、惜しい。「三輪車」、惜しい。正解はダンプカーでした。なぜなら、ダンプは「じゃり」を運ぶからです。
 では、最後の問題です。車を三つ書いて何と読むでしょう。「三輪車」、残念。答えは「轟き」でした。
 それでは、一番答えていただいたMVPの方、こちらへどうぞ。こちらに靴下が2足あります。なぜ靴下がヨーロッパ旅行なのか。「西洋のたび(旅・足袋)」でございます。嘘ではありませんよね。
 噺家はこのようなことをして遊んでいます。もしよろしければ、またお声を掛けていただければありがたいと思います。

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「注目のシベリア」

5月23日卓話要旨
ジャーナリスト 小林 和男 氏
(鈴木 一行会員紹介)
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 私は4月に、シベリア鉄道に乗って、ウラジオストクからモスクワまでの約9300kmを2週間かけて旅をしました。その中で、ロシアはモスクワだけを見ても知り得ない側面がまだまだ多いと強く感じました。ロシアは今、プーチン大統領の政策の中で、極東地域は国の将来にとって大きな役割を果たす場所であるとして重点を置いていますが、この旅の出発点であるウラジオストクは大変貌を遂げていました。
 ロシア人は無類の博打好き、酒好きとして知られていますが、ソビエト連邦の崩壊後、真っ先に栄えた産業は博打場、つまりカジノでした。ホテルや映画館、果てはオリンピックプールの一部までもがカジノになり、モスクワには一時400軒、サンクトペテルブルグにも400軒ものカジノが雨後の竹の子のように出現し、4万人を雇用する大産業になりました。エリツィン大統領時代にはこれらのカジノが非常に栄えましたが、一方でそれによるさまざまな社会問題も起きました。
 そこで、エリツィン氏に代わって2000年に大統領に就任したプーチン氏は、カジノについて驚きの方針を打ち出しました。カジノを自由に営業できるカジノ特区に、極東、ウラル・アルタイ、ロシア南部、カリーニングラードの4地区を認定し、その代わりにモスクワやサンクトペテルブルグなどの大都市ではカジノを禁止しました。大都市でのカジノは既に大産業になっていて、その筋の人間や関係議員など多くの人たちの利害が絡んでいるので、ロシア国民は当初、「いくらなんでもできるわけがない」とせせら笑っていました。
 しかし、2007年7月にこの政策は敢行されました。プーチン氏に求心力があり、恐れられてからこそ出来た荒技です。プーチン氏のやり方は非常にドラスティックで、それ故に敬遠される面もあるのですが、そのおかげで現在のウラジオストク郊外には、将来ラスベガスを超えそうな勢いの大カジノ、アミューズメントパークができています。ウラジオストクは「博打を求めて人が集まる所に産業が発達する」というプーチン氏の発想の見本のような街になり、湾内のルースキー島は国際大学、会議場、ホテルが整備された大国際都市になっています。
 ウラジオストクで最も驚いたのは、かつて共産勢力に破壊された、かの有名なニコライ2世凱旋門が復活していたことです。この旅で初めて知ったのですが、ロシアでは他にも帝政時代のものがどんどん復活しているのです。
 ウラジオストクを出発して、幾つもの川が結氷した美しい風景が延々と続く中、最初に到着したのはウラン・ウデでした。アイヌ民族と同族の人たちが暮らしていて、チベット仏教の本山があります。ウラン・ウデを首都とするブリヤート自治共和国はちょうど日本と同じぐらいの広さで、何もないだだっ広い所に見事な仏教寺院が建っていました。モンゴルからはバスで10時間かかるのですが、敬虔な仏教徒が観光バスで大勢やってきていました。
 そこからは客車を蒸気機関車に連結しバイカル湖に向かいました。バイカル湖は世界一透明度が高く、世界自然遺産にふさわしく素晴らしい湖でした。このときは浮いた氷の塊の上で跳び回りましたが、半日後にはすっかり氷が解けていました。シベリアの太陽の力に驚いた体験です。観光客はドイツ人が最も多く、フランス人、イタリア人、スペイン人が続き、何とニュージーランドやオーストラリアからも多いそうです。
 この旅で印象的だったのは、ロシアが古いものを復活させていること、そこに新しい産業を興そうとしていること、その注目点になっている場所が極東であるということです。プーチン氏の日本に対するアプローチからも、そうした真意が見えてきます。やはりロシアの将来は、広大なシベリア以東が鍵を握っているということを念頭に置いて政策を進めているのだと思いました。
 私は以前、プーチン氏に長いインタビューしたことがあるのですが、それができたのは私に友人が多くて、信用してもらえたからです。会ってみないと分からないのがロシアだと思いました。ロシアという国を判断する前に、ぜひロシアに行ってロシア人に会い、ロシアのご飯を食べ、じかにロシアに触れる旅をしてみてください。旅は人を結び付けると同時に、報道ではわからない新しい目を開かせてくれると思います。

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「目指せ自然なバナナ便~便秘薬の使い方」

5月16日卓話要旨
(株)山崎帝國堂 代表取締役 竹内 眞哉 氏
(藤井 隆太会員紹介)
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 私は、「毒掃丸」という便秘薬の製造販売会社を昨年秋に父から引き継ぎ、代表を務めています。会社は130年前の創業当時から、この「毒掃丸」をメイン商品としており、主に販売している「複方毒掃丸」は明治時代以来のロングセラーとなっています。
 日本では最近、1回数千万円もするような超高額薬の公的保険適用が了承され始め、医療財政の圧迫が懸念されています。私たちは、自分の健康を自分で守るセルフメディテーションを提唱しているのですが、その根底には、病気にならないようにすることは自分のためでもあり、社会のためでもあるという考え方があります。健康を守るためには正しい知識や関心が必要ですが、これは簡単なことではありません。私は便秘薬メーカーですから、まずは便秘の世界からそのことを考えてみたいと思います。
 便秘は、多くの人にとって身近な悩みであり、非常にありふれた症状ですが、便秘になっている人、便秘薬を飲んでいる人でさえ、便秘の世界をよく知りません。当社の便秘薬ユーザー550人に実施したアンケート結果を見ても、どのように便秘に対処すればよいか分からずにいる姿がうかがわれます。できれば便秘薬を飲みたくない人が84%もいる一方、便秘が解消されるならかなりの努力もいとわない人は10%しかいません。自分の便秘に効果のある薬を分かっている人は10%のみであり、自分は便秘薬をうまく使いこなしていると思っている人は8%しかいないのです。
 では、そもそも便秘解消のために薬は本当に必要なのかというと、乳酸菌食品の市場は急成長し、便秘薬市場も安定推移しているのに、便秘の人は減っていません。つまり、便秘に良いとされるヨーグルトも便秘薬も、便秘を根絶するものではなく、対処法なのです。ですから、便秘薬には役割と正しい使い方があるのを知ることが大切であり、まずは便秘の原因を理解する必要があります。
 便秘の原因の一つに、生活習慣に由来するものがあります。ダイエットを目的とした偏った食生活や食物繊維不足、体内の水分量の不足、運動不足などが該当します。これらは改善が可能ですから、まずは薬に頼らずに、生活の中で改善すべきだと思います。それでも出なければ、薬の力を借りてみてください。
 便秘に悩んでいるのは主に女性なのですが、加齢とともに男女とも便秘の人は増えていきます。女性特有の要因としては体の構造や筋力、黄体ホルモンの影響などがありますが、加齢に伴い、男女共通の要因として腸の蠕動(ぜんどう)運動や腹筋力の低下などが生じてきます。これらは生活改善では簡単に解決できないため、他の手段で補う必要があります。つまり、便秘薬をうまく使えば手助けになるのです。
 ただし、病気の二次症状として引き起こされる便秘の場合は、医師への相談が必要になります。便秘を引き起こす代表的な病気として糖尿病、甲状腺機能低下症、慢性腎不全、脳血管疾患、脊髄損傷、うつ病などが挙げられます。中でも要注意な病気は、大腸腫瘍による閉塞です。50歳を過ぎて急に便秘になり、しかも便に血が混じっている場合は大腸がんの疑いがあるので、すぐに医師の診察を受けてください。
 また、便秘を引き起こす薬剤も多く存在します。眠れないときに飲むデパスやハルシオン、咳を抑えるリン酸コデイン、胃薬のガスターやタケプロンなどが挙げられます。何かの薬を服用して便秘になった場合は、まず医師に相談することをお勧めします。
 便秘になったら、まずはできるだけ生活習慣を改善し、それでも治らなければ便秘薬の出番と言いましたが、便秘薬を服用する場合には、自分に合った薬を困ったときだけ、適量使うことが大切です。ただ、便秘薬を飲んだときも、「バナナ便」が出ることが理想です。そのためには、服用量を調節しやすい便秘薬をいろいろ試してみて、自分に合う服用量を見つけることが重要です。そして、毎日ではなく、便秘のときにだけ服用し、軟便が出た場合は1回の服用量を減らします。調節できる便秘薬の場合に重要なのは、生活改善を心掛けながら徐々に回数を減らしていくことです。このように細かく調節することで、自然に近いお通じを手に入れることができる上に、薬が癖になりにくくなります。便秘薬を正しく飲み、生活習慣を改善することで、自然なバナナ便が出ることを目指していただきたいと思います。

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2019年5月29日 (水)

「いつでも開運、毎日が開運」

5月9日卓話要旨
宝生山八津御嶽神社 宮司(東京新宿RC) 山本 行徳 氏
(島田 隆之会員紹介)
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 私が神主を務める八津御嶽神社は、起源が800年以上前の鎌倉時代までさかのぼり、古来、豊かな人生を送るために自家成立という教えを掲げてきました。自家成立とは自分の家の成り立ちのことであり、家という単位が人の中心にあると説いてきました。その実現のためには、三宝(健の宝、財の宝、和の宝)のバランスが重要であるということが、当神社が現代に伝えている大切な教えです。
 その上で大切になるのが日々の祈りです。私は「あなたの祈りも大切だけど、私の祈りも大切」という考え方をモットーにしています。どんな宗教団体であっても、どんなお宮やお寺に参っていても、祈りは大切であり、神様に祈ることの大切さを共有し、手をつなぎ合いたいと思っています。
 ただ、私は神主なので、少なくとも家に神棚をお祀りしてほしいと考えています。各自の信じるところでお札を頂いて神棚を作り、少なくとも毎日お水をお供えします。お供えのときには、命の水であり自分の命であると思って祈ります。その祈りの心が大切なのです。さらに、今の思いを神様に聞いていただくためにも、それから自分の確認のためにも、言霊(言の葉)を出して祈ることで確度が高まると思います。
 われわれの時代は、何かをしようとすると、親たちが「罰が当たるよ」「神様が見ているよ」と教えてくれたものです。しかし、現代の親たちは、まず自分ありきであることが多く、そんな話をしてもほとんど通じません。世の中には、いつでも祈りの心を持っている人と、全く祈らずに自分だけを信じている人がいます。それぞれの人生ですから構いませんが、やはり誰かが見ているという意識を持つことによって、自分というものを一歩引いて歩むことができるのではないかという気持ちが、日々の祈りの心から表れてくるのではないかと思います。
 ここで一つ知っておいていただきたいのが柏手です。いつの時代からか、全国的に神社での柏手は二拍手になっていますが、柏手は本来、神様への合図なので、何回打っても構いません。関西では四拍手が多いですし、伊勢神宮では朝夕の食事前に八度拝という柏手を打っています。このように、二礼二拍手は定番ですが、それだけではないのです。
 また、日々の祈りのためには、ご先祖を祀ることも大切です。「うちは先祖なんてとんでもない」などと言う人こそ、そういう命の流れを断ち切らず、命の根を頂いていることを意識して、先祖祀りによって流れのしっかりした家を作ることが大切ではないかと思います。日々の中で、自分の活動を先祖がどう思っているかと考えるだけでも素晴らしいことなのです。さらにその上の親たち、そのまた上の親たちというふうに流れをくむことで、子どもたちもしっかりと命の流れを見ていけるのではないかと思います。
 私は「過去と未来を背負って現代を行く」という言葉が好きです。今だけがいいのではなく、過去があってそれが未来につながる、過去と未来を背負って我が道を行くという「中今(なかいま)」の思想です。
 先祖祀りについて強く提案したいことが二つあります。一つは、氏名(うじな)は一つだということです。女性の場合、実家の先祖を嫁ぎ先まで持ってくる人がいますが、嫁ぎ先の先祖に順応するので、実家に帰ったときに自分の命のもとにしっかりお参りすべきです。もう一つは、お墓についてです。通常、兄弟は同じお墓に入れませんが、仏壇が一緒になっているケースがあります。これでは霊的な混乱を招くので、氏名は一つにして祀るようにしてください。また、「先祖代々之御位牌」がないケースも多いのですが、それでは命の流れを途中から祀っているだけになるので、ぜひお作りください。
 加えて、会社や自宅の移動や転居をする場合、方位を意識することが大切です。そして移動した先の家相はどうなっているかを精査すると開運につながります。
 私は、「神は見てござる」という考え方が好きなのです。自分や会社が何かしようとしているとき、そういう心が一心に開けば、「四つのテスト」と同じことになっていくのではないかと思います。わがままを防ぎ、我欲を抑えることが祈りであり、先祖祀りであり、神詣りだと思います。神社の前を通ったら、せめて一礼ぐらいしてお通りいただくとよろしいのではないかと思います。

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「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会がもたらすもの─スポーツを通じた人材育成と健康街づくり」

4月18日卓話要旨
参議院議員 橋本 聖子 氏(小林 勝義会員紹介)

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 私はこれまで7回、選手としてオリンピックに出場しました。現在は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会や日本オリンピック委員会など、オリンピック・パラリンピックに携わる仕事をライフワークとしています。
 私がオリンピックを目指したのは、東京五輪の開幕5日前に生まれ、五輪の聖火にちなんで「聖子」と命名されたからです。私は物心が付かない頃から父に、「おまえは五輪選手になるために生まれてきたんだよ」と言われて育ちました。父は牧場を営んでいたのですが、一生懸命に働くことが大自然の中で生きていく資格につながると教えられ、私が後に五輪選手を目指していく上で精神的に非常に大きな力になりました。
 幼少時代、私は遊びでスケートをしていたのですが、小学2年生の冬、自分の目で札幌冬季五輪を見たことがスケート競技を始めるきっかけになりました。名前の由来にもなった聖火を実際に見て、五輪を目指すしかないと思ったのです。
 ところが、小学3年生の終わりごろ、私は腎臓病を患い、2カ月間の入院生活を送ることになりました。それ以来、小学校時代はスポーツと無縁だったのですが、中学生になってスケートを再開し、高校2年のときには日本一になりました。しかし、それが落とし穴にもなりました。良い成績が出せていたので病気が治ったと思い、検査をやめてしまったのです。結果、高校3年の秋に腎臓病が再発し、即入院しました。オリンピックを諦めざるを得ない状況になったのですが、諦められない自分もいて、精神的に耐えられなくなり、私はストレス性呼吸筋不全症になってしまいました。この病気は、胸の筋肉が完全停止して自力で酸素を吸えなくなる病気です。原因はストレスですから、マインドコントロールやイメージトレーニングなどの治療を施してもらいながら、冷静な判断と自分自身を見つめられる能力を養って、何とか自分の力で酸素を吸えるまでに回復しました。
 しかしその治療の際に医療事故に遭い、今度はB型肝炎に感染してしまいました。私はこれら三つの病気と向き合いながら生きていくことを余儀なくされたのです。私はこのことがなければ五輪は1回でいいと思っていたのですが、入院中の苦しさや、病気の子どもたちとのリハビリ生活を思ったときに、頑張りたくても頑張れない人のためにどれだけ力を尽くせるか、試されていると思うことで、逆に自分を楽にしてあげることができました。そして、病気と向き合いながら生きてきたことで、私の中から怒りというものが全くなくなりました。このことは政治の世界に入ってからも非常に役立っていて、どんな状況でも常に冷静にいられるのです。これは体が不自由だったからこそ備えることができた、一つの大きな武器だと思っています。
 私がアスリートだったころ、あらゆる先進的なスポーツ医科学を駆使して選手を育てている国を視察し、もし日本が同じような環境を整えたなら、必ず躍進出きるという確信を持っていました。当時の日本には国立のナショナルトレーニングセンターのようなものはなかったのですが、私が政治の世界に入ってから十数年たってようやく実現し、今の選手たちの活躍に結び付けることができたと思っています。
 私は、日本国民がオリンピック・パラリンピックのことをまだまだイベントとして考えていることをとても心配しています。一過性のもので終わらせるのであれば、どの国でやっても同じです。成熟した国家・都市として他に例を見ないオリンピック・パラリンピックを展開し、せっかく世界が注目してくれる2020年を、再び日本が世界のトップランナーとなって心豊かで持続可能な社会をつくり上げるためのスタートラインにするべきだと思っています。
 いよいよ来年、東京オリンピック・パラリンピックを迎えます。健康志向が高まる中、スポーツを中心に医療・福祉・介護や芸術・文化、教育、地場産業に加えて、健康産業や観光産業など新たな産業市場をしっかりとつくり上げる準備が大切だと思います。
昨年、入管法が改正され、外国人労働者の人口が今後急激に増えていくことが予想されます。また、引きこもりの問題や女性活躍社会の実現についても、まだまだ課題があります。2020年を一つの節目としてもう一度原点に帰り、素晴らしい日本の国を皆さんと共に創出できるように、しっかりと行く末を見ながら頑張っていかなければならないと私は思っています。

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「生涯現役時代を支えるお口の健康について」

3月28日卓話要旨
ライオン(株) 相談役 (東京RC) 藤重 貞慶 氏
(島田 隆之会員紹介)
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 今は、人生100年時代といわれます。日本人の平均寿命はこの100年間で、44歳から84歳へと40年も延びました。100歳以上の高齢者数も、1963年は153人でしたが、昨年9月1日現在で6万9785人に上り、2050年には68万人になると見込まれています。
 一方で、人生の長さだけでなく、人生の質(Quality of Life)がとても重要になっています。人生の質を測る指標の一つに、健康寿命という考え方があります。健康寿命はWHO(世界保健機構)が提唱している指標で、健康で自立した生活が送ることができ、日常生活に制限のない期間のことです。つまり、平均寿命と健康寿命の差が日常生活に制限のある期間になるわけですが、2016年時点で日本人男性は8.84年、女性は12.34年となっています。このことから、最近では平均寿命だけでなく健康寿命を延ばすことがとても重要とされています。
 読売新聞の調査によると、100歳以上の方の楽しみは、1位が食べること、2位が家族との語らい、3位が寝ること、4位が友人との談話でした。このうち三つがお口と関係しており、お口の健康が100歳以上の方々の楽しみを支えていることになります。
 ライオンは1891年に創業し、100年以上にわたって日本人のお口の健康を守ってきました。社名の由来は、「獅子印ライオン歯磨」という商品名です。販売価格は現在の貨幣価値で約600円と高く、当時歯を磨く習慣がなかった日本人に歯磨きの習慣を付けてもらうために、ライオンは大変な努力をしました。1913年からの「ライオン講演会」に始まり、現在でも保育園や学校での歯科保健活動、小学生歯みがき大会、母子歯科保健活動、産業歯科保健活動などさまざまな活動を続けています。これらの活動やフッ素入り歯磨き剤の普及により、12歳児の虫歯経験歯数は、1985年に4.63本だったのが2017年は0.82本まで激減しました。一方、最近は歯周病患者が増えており、歯周病が全身のさまざまな病気に関わっていることが明らかになってきました。
 歯は健康にとっていかに大切かが分かるさまざまな研究や調査があります。歯の数が減ると認知症になりやすいとか、歯がほとんどない人で義歯を使用していない人は、使用している人と比較して認知症の発症リスクが2倍になるといわれています。また、歯を失って、かつ義歯を使わなければ転倒リスクが2.5倍になるとか、残存歯が少ないほど死亡リスクが高いという報告もあります。
 自分の歯を80歳で20本保とうという「『8020』運動」があります。20本あれば何でもよく食べることができるので、20本というのはとても大切な指標です。仮に自分の歯でなくても、入れ歯でもインプラントでもいいので、かむ機能を持つ歯を20本以上持つことが人生の質を高める上で大切です。
 人間の楽しみの一つである「よく食べること」は、「何でもよく食べること」と「よくかんで食べること」の二つが大事になります。人間の歯は上下左右に8本ずつ、全部で32本あり、その8本の内訳を見ると、肉を引き裂く犬歯が1本、野菜をかみちぎる門歯が2本、穀物をすりつぶす臼歯が5本あります。このことから、人間にとって最も適した食性は、肉が1、野菜が2、穀物が5になります。また、一口30回よくかんで、唾液とよく混ぜて飲み込むことが大切です。よくかむことで血流が良くなり、認知症予防にもなりますし、唾液には発がん性物質を抑制する効果があるからです。もう一つの人間の楽しみである「よく話すこと」は、人間を人間らしくしている最大のポイントであり、人生の質を高め、保つことができます。歯がなくなると発音が明瞭でなくなり、話すことが億劫になります。話すことは人間の心の健康にとってとても大切なことです。
 歯は年齢とともに減っていくように思われますが、実は直接的な関係は強くありません。歯がなくなる原因の42%は歯周病、32%は虫歯で、実に約75%が毎日のオーラルケアで防げます。大事なことは治療ではなく、予防歯科の実践です。つまり、歯科医師による「プロケア」と、歯科医師の指導に基づく「セルフケア」によって、口内トラブルを未然に防ぐことです。自分の歯磨きだけでは汚れはなかなか取り切れないので、プロとセルフの両方のケアが大切なのです。正しいオーラルケアで皆さんの健康寿命が延び、生涯現役で生活が充実することを願っています。

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「我が国の進むべき道」

3月14日卓話要旨
衆議院議員 石破 茂 氏
(野村 憲弘会員紹介)
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これからの日本は、サステナブル(持続可能)な国なのか、インデペンデント(自立的)な国なのかが問われているのだろうと思っています。日本の人口は現在の1億2700万人から、2100年には5200万人に減ると推計されています。しかも、高齢になるほど人口が増えていく構造で、これでは社会を支えられません。人口が減っていくのは、結婚する人が大幅に減り、生まれてくる人が少なくなったからです。しかし、成人男女の8割は結婚したいと考えています。それは、景気が良くなったといわれる一方で、年収186万円以下の人が929万人いるというふうに、持てる層と持たざる層の二極分化を起こしているからだと思います。グローバリズムとはそういうもので、国家間の格差は縮まりますが、安い国の賃金に合わせるので、貧しい人はどんどん貧しくなっていくのです。
 都道府県で婚姻率が最も高いのは断トツで東京都ですが、出生率が最も低いのも東京都です。こういう状態が続くと、これから人口は急激に減っていき、社会保障が持たないことになります。長生きしたのはいいけれど、医療も介護も受けられない、年金ももらえないような国はつくってはならないわけで、単に消費税率を上げればいいという話ではありません。消費税は人口が伸びて、経済も伸びて、格差がそれほどないことを前提に設計されている制度なので、人口が急減し、経済がそれほど伸びず、格差がかなり固定化されている状況で果たす役割は、今までと異なると思います。本質的な話はそこにあると思っています。
 食料やエネルギーを作り、出生率も高い地方が滅んで、食料やエネルギーを作らず、出生率も最低の東京だけが残る日本は国家としてあり得ないと思います。東京は日本を引っ張っていかなければならないのですが、サステナブルかというと決してそうではありません。首都直下型地震が起これば東京に相当の負荷が掛かるでしょう。また、昭和30~45年のたった15年間に日本中の地方から500万人が移住し、急に若くなった首都圏では、これから必ずその逆のことが起こります。そうなると、医療介護の持続性が問われます。地方がどんどん衰退し、東京に相当な負荷が掛かる状況を、日本の終わりと言わずに何と言うのでしょうか。それに答えを出すために、自民・公明両党による1強体制はあるはずです。この国はこれまで面倒なことは先送りする文化でやってきました。しかし、社会の仕組みや国際環境が激変する中で、これからは先送ると次の時代に破壊的な負担がのしかかるということを認識すべきだと思います。
 日本の繁栄を支えた前提は冷戦構造でした。戦争が起こる要因である領土、宗教、民族、政治体制、経済間格差、これらが冷戦期は米ソの力が均衡していたので、顕在化しませんでした。ソ連が崩壊して以降、戦争や紛争が起こるようになったのはある意味必然だと思います。力の均衡を再び確保していかなければならない中で、日本は安全保障に正面から向き合わずにきました。
 憲法9条2項は戦力不保持を定めています。憲法改正の議論でも、安倍総理は、「陸海空の自衛隊は必要最小限度の組織で『戦力』にあたらず、軍隊ではない」という従来の説明を踏襲されていますが、「必要最小限度」は変化する基準です。本当に今後もこの条文を維持するのかというのが、憲法を巡る私と安倍総理の相違点です。やはり本質から目をそらしていたら、いつまでたってもこの国は変わらないと思います。「交戦権を認めない」といっても、日本に手をかけようとする国は交戦権をフルに行使するので、抑止力を持ち得るとは思えません。私たち国会議員は、「この国をどうしますか」と国民に正面から問い掛けるために仕事をしているのだと考えています。
 国民が政治家を信用している割合は高くないということは自覚しています。しかし、政治家が「これを言っても票が減るだけだから言うのをやめよう」というふうに、国民を信用していないのに国民から信用してもらおうなどと考えない方がいいと思います。問題を先送りにするのはやめて、この国のために何を語らなければならないかということを政治家がきちんと考え、正面から有権者に問うことだと思います。民主主義というのは、できる限り多くの人が参加して、有権者に正しい情報が与えられなければ機能しません。誰がやっても一緒と思い始めたときに、この国の民主主義は崩れていくと思います。

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