企業経営からオーケストラ経営への転身
財団法人日本フィルハーモニー交響楽団 専務理事 平井 俊邦氏
私はこれ迄に、銀行、エンジニアリング会社再建、情報通信産業、日本フィルハーモニーと働く場所が変り、ジョブジプシーと自称するほど、多くのことを経験させてもらいました。特に銀行時代にMIT留学と香港赴任を経験したことで、経営に対する軸を学んだように思います。1980年代前半、第2次石油危機の対応が遅れたアメリカ経済に対し、MITのレスター・サロー教授は、「パックス・ブリタニカの時代、英国人は誰一人、英国が衰退するとは考えていなかったろう。パックス・アメリカーナの現在、米国人は誰一人、米国が衰えるとは考えていないだろう。しかし生産性を見よ、日本が米国の3倍の生産性をあげている。パックス・アメリカーナが永久であることはない。」と警鐘をならしました。その後、アメリカは日本経営を研究し、IT産業の興隆に全力をあげて、経済を再興させました。同時期の日本の失われた10年と比較するとどうでしょうか。サブプライム問題により再び訪れた苦悩の中でアメリカの自己改革の力がどう発揮されていくのか、大いに注目しているところです。
プラントエンジアリング会社の立て直しでは、兵站が伸び切ると経営危機に陥るという事、技術優位性のない企業は市場から退場を宣言されるという事を学びました。プロジェクト管理がしっかり行われない経営は、受注合戦の末、大きな赤字プロジェクトをかかえ、それが経営の破綻につながってしまいます。最終的にこの会社は私的更生により再生したわけですが、それを可能にしたのは、この会社が持っていた高い技術力でした。LNGとエチレンについて世界屈指の工事技術を持っていたのです。私はここで、技術優位性のある会社は市場で生かされ、優位性のない会社は退場の憂き目にあう事を強く認識させられました。
企業経営をしてきた私が全く畑違いのオーケストラの経営に携わるようになったのは、このプラントエンジニアリング会社を再建させた経験を生かしてほしいとの要請があり、もしこれまでの経験が行かせるならばお役に立ってみようと考え、アドバイザーを経て専務理事就任を受けたという次第です。日本には現在23、うち東京には8つのオーケストラがあります。強力なスポンサーを持つN響など幾つかを除くと、財政事情はどこも非常に厳しい状況です。日本フィルの場合、150回のオーケストラ公演に室内楽公演をあわせると、年間公演回数は250回にもなります。しかし収支は赤字、団員の平均年収は45歳で数百万円以下というのですから、本当に驚いてしまいます。経済成長による恩恵を受けて、企業に働く人の生活は相当良くなったと思っていましたが、ひとたび文化の世界に入ると、信じられないような話がいっぱい出てくるのです。「われわれはどこかで文化を置いてきてしまったのではないか。」今、強くそう感じています。
日本フィルの収益構造を見ますと、基礎収入(演奏料、入場料、物品の販売料)から基礎支出(楽団員給料や指揮者・ソリスト料、会場費、旅費等)を差し引くと数億円の赤字になります。個人や法人からの寄付、冠コンサート・協賛という形でのご支援、国からの補助を加えて収支を均衡させています。日本のオーケストラを絶滅危惧種と呼んだ方がいます。音楽を欲する多くの人々の要請に応えられなければ滅んでしまうということでしょう。又、技術力優位性のない企業が消えていくのと同じように、演奏力が劣り、魅力に欠ける楽団は淘汰されることになるでしょう。
私は音楽の世界では素人ですが、企業人としての経験から、経営主体の明確化を訴えたり、「音楽を通して文化を発信する」を新しい目標に掲げるなど、さまざまな提案を行っています。聴衆にもスポンサーにも喜んでもらえる企画作りをすることも必要だと考えています。高い演奏水準の追求は勿論ですが、一方で「目線を下げる」ということも必要です。既に文楽や歌舞伎ではそういった努力が行われていますが、クラシック音楽の世界ではまだまだであると私は思っています。
音楽というのは素晴らしくて、演奏を聴いていると、涙が出たり、鳥肌が立つことがあります。私は違う世界からやってきた人間として、これまでとは違う形でこれらのことを訴えていきたいと考えています。ロータリークラブの皆様は、既にさまざまな角度から社会に貢献しておられて素晴らしいと思いますが、可能であれば、「音楽を通して文化を発信する」日本フィルハーモニー交響楽団へもぜひ積極的なご支援をいただき、それを通じてクラシック音楽業界の興隆にお力をいただけましたら幸いに存じます。
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