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2009年2月13日 (金)

今、出来る事

1月29日卓話要旨
プロボウラー1期生 並木 恵美子氏

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 日本に女子のプロボウラーが誕生したのは、今から40年前の1969年のことです。男子はその2年前にできていましたが、女子はセミプロとして活躍されていた須田さんが同年アメリカで優勝されたことで、一気に現実に近づきました。
 私がボーリングを始めたのは1968年の9月で、プロテストがあったのは翌年6月ですから、ボーリングを始めて10カ月でプロテストに合格したことになります。しかも合格した13人の中でも5番目の成績ということで、全く自分でも信じられませんでした。1期生のトップは当然のことながら、それまでずっと女子のボーリング界をリードしてこられた須田さん、2位は中山律子さんでした。
 プロテストは4日間で通算48ゲームを投げて競い合うのですが、私は2日目に女王の須田さんと当たってしまいました。須田さんの周りにはマスコミの人たちがいっぱいでしたし、何よりあこがれの存在であった須田さんと投げ合うのですから、それだけで舞い上がってしまい、その日は前がよく見えない状態で投げていました。ところが、終わってみればその日のトップは須田さんではなく、私だったのです。この2日目の好成績もあって無事プロになりましたが、プロになっても自分のフランチャイズも持たず、応援してくれるスポンサーすらない状態でした。ただ、当時の私は少しでも上手になることだけを目標にしていましたから、そんなことはあまり気にせず、とにかく与えられた仕事を懸命にこなして、少しでも人に認めていただけるように努力していました。
 翌年3月に第1回の全日本選手権が開催されるということで、自分なりにトレーニングに励んで、何とか他のプロとのキャリアの差を埋めようと懸命に努力した結果、終わってみれば中山さんが1位で須田さんが3位、そして私が2位という驚きの結果でした。アマチュア時代も大会に出たことがなかったので、生まれて初めて表彰台に上ったわけですが、あのときの感動は決して忘れることができません。今まで36回優勝していますが、私にとって第1回全日本選手権の2位は、特別の思い出です。
 そうは言っても、やはり1位と2位では大違いですから、次は優勝を狙おうと決意を新たにしました。当時は月に一度女子プロによる月例会があったので、照準を4月の月例会に合わせ、大会が開かれるボーリング場に毎日行って頑張った結果、須田さんに競り勝って優勝することができました。その後も月例会は毎月ありましたが、それから2カ月間、須田さんと中山さんがアメリカに行かれるということで、私に連勝のチャンスが巡ってきたのです。「せっかくのチャンスを生かさなければ」と思い、さらに頑張った結果、5月はもちろん6月も優勝することができました。
 しかし、このときマスコミに「須田さん、中山さんがいないから勝てただけ」と書かれて、それまで一生懸命に頑張った者は認められると言われて育った私は、初めて努力だけでは認めてもらえない世界があることを知ることになります。そして迎えた7月の大会は、いよいよお二人を含め、プロとなった13人全員が揃いました。「いないから勝てただけ」と言った人たちに私の力を認めてもらうためには、勝つしかありません。そのためにやるだけのことをやって臨んだところ、私は二人を抑えて優勝したのです。「これで、本当にマスコミにたたかれることはなくなる!」と思うと、本当にうれしかったです。4連勝のあとは、5連勝目を期待するものですが、次の試合は中山さんが300を出して、見事優勝を果たされました。
 こうしてボーリング歴わずか10カ月でプロになった私は、所属する場も仲間もない状態で試合に臨んできましたが、今思うと結果的にはその方がよかったような気がします。ボーリングという個人プレイの競技だから許されたことかもしれませんが、ただただ努力を続けることで、何とかここまでやってくることができました。そして今、そんな私にできることは、ボーリングの楽しさをよりたくさんの人たちに知っていただくことではないかと思っています。ボーリングは年齢を問わず、お仲間の皆さんとコミュニケーションを図ることができる絶好のツールです。これを機会に皆様がボーリング場に足を運んでくださるようになれば、うれしい限りです

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日本人の歴史的「視点」について

1月15日卓話要旨
作家 井沢 元彦氏

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乱世の定義を「既存の社会システム・倫理・道徳が再構築を必要とするほどガタが来ている状態」とするなら、今の日本を乱世と呼んでよいと思います。日本はこれまで戦国と幕末に乱世がありましたが、これら二つの中では幕末に近い状況だと、私は考えています。
 同じ乱世でも、今の時代と幕末に共通し、戦国にはなかったものは、「現実を直視していない」という点です。戦国の武将たちは、厳しい中で現実を見据えて生きていましたから、相手との力の差が顕著な場合は、戦うことは避けて生き残る道を探っています。ところが幕末の世論は、産業革命を経て著しい発展を遂げている欧米を相手に戦って、追い払おうという攘夷が主流でしたから、現実を全く分かっていない状態でした。当時日本が取るべき道は、まずは開国して欧米の技術を学び、近代化して国を強くするしかなかったのですが、日本が開国を決めたのは黒船が出現してから16年後のことです。佐久間象山や勝海舟のような開国派は極めて少数で、尊王攘夷を唱える長州藩のように、外国船を無差別で攻撃する藩まであったのですから、話になりません。このように攘夷は、現実を直視しない空想的な国防論であったわけです。
 しかし、現在のわれわれにそれを笑う資格があるのでしょうか。例えば、北朝鮮による日本人の拉致が事実として声高に語れるようになったのは、ここ数年です。それまでは、多くのマスコミ関係者、大学教授、政治家がそろって、「北朝鮮をそんなに敵視してはいけない」と言っていました。現実を直視するまでに30年以上要したのは、なぜでしょうか。
 これについて、私は『攘夷と護憲』(徳間書店刊)という本を書きました。多くの方は、攘夷は外国を敵視する右翼の思想で、憲法9条を守ろうという平和主義の護憲とは別物だと思われているようですが、これら二つは「空想的国防論」という意味では同じことなのです。例えば、50年間強盗に入られたことのない銀行の頭取が、その秘訣として「われわれには、物事を暴力で解決しないという社則があり、それを守っているからだ」と言ったら、「そんなばかな!」と思われるはずです。ところが、10年ほど前の日本では、日本社会党や朝日新聞社を中心に、非武装中立(日本には平和憲法があるので自衛隊は要らない)が盛んに言われていました。「毒ガスや細菌戦争の研究をしている自衛隊は、日本には必要ない」と言っていた社会党の議員がいましたが、サリン事件のときにサリンを排除したのは、自衛隊の化学防護部隊でした。自衛隊廃止論者は、そういう部隊がなければ、実際に国民を守ることができない現実をどのように考えているのでしょうか。しかも、彼らは同時に日米安保条約も否定しているのですから、そうなるとサリンは誰が除去するのでしょうか。
 私は現実を直視した結果、憲法9条は机上の空論だと思っています。もちろん将来的に世界が平和になることは大切ですが、そのためにはまず日本は軍隊を持って自分の国を守り、その上で国連に送って世界平和に貢献すればよいのです。現状では、憲法で禁じられているはずの軍隊があるのに、それを言葉の上でごまかしているのですから、最も良くない状態です。いくら国がごまかしても、自衛隊はどこから見ても軍隊なのですから、ここは現実を認めて、おかしなことに使わないように憲法で規定するのが正しいやり方だというのが私の考えです。ちなみに、あれだけ非武装中立を叫んでいた朝日新聞が出している「知恵蔵」には、ここ数年非武装中立の項目が見当たりません。
 日本は民主国家ですから、国民一人一人が政治について判断しなければなりませんが、そのために最も必要になるのは的確な情報です。ところが、筑紫哲也氏をはじめとする護憲派ジャーナリストや朝日新聞社は、世論を誘導する虚報や誇張を長い間にわたって流してきました。かつて大本営発表は国民の士気を高めるためにうその発表をしていましたが、大義名分があるなら情報操作は許されると考えていた点で、彼らがしてきたのは大本営と同じです。なぜなら、憲法9条にとって不利な情報は、平和や護憲といった大義名分を盾に、曲げて発表してきたのですから。大本営の発表ばかりに耳を傾けていると、国が滅びてしまうことは皆様もよくお分かりのことだと思います。これらが同じであることを認めることが、今の時代を生きる私たちにとって、現実を直視することだと私は考えています。

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2009年2月 6日 (金)

あなたが裁判員になったら

12月4日卓話要旨

弁護士 浜田 薫氏

180  裁判員制度は、小泉首相の構造改革路線の中から出てきたもので、一般市民にとっては、政治の世界で決まっていったという印象が強いかもしれません。
裁判員制度の意義として、次の五つがあります。一つ目は、国民の司法への理解を深めるということで、これは裁判員法の第一条に出ています。二つ目は、裁判に市民感覚を反映させるということです。裁判官はエリートですし、いつも法壇上から事件を見ているため、感覚が一般市民と異なる部分があると思います。刑事事件はその背景事情など多角的に見ないと核心がつかめないことがあるので、裁判員制度は、非常に貴重な意義があると思います。三つ目は、刑事手続の迅速化です。裁判員制度では、争点整理のための公判前整理手続を審議前に行うため、大半は3回以内で終了します。経済性、被告人の負担軽減を考えれば、これはメリットだと言えます。四つ目は、捜査・裁判手続の透明化・公正化です。自白の任意性は否認事件の大きな争点でしたが、裁判員がこれを判断しやすいよう、捜査機関は取り調べの録画を導入中です。五つ目は、国民主権を司法に及ぼすことです。司法の国民参加システムは、世界80カ国で取り入れられていますが、その基礎にあるのは、権力に対する不信感と自らが主権者であるという意識です。自分たちで民主主義を勝ち取った歴史のない日本では、憲法も民主主義もお上から与えられたという感覚が強く、国民が統治機構に食い込むことの重要性が自覚されていませんが、私は本来の重要性はここにあると考えています。
司法をお上に任せきりにしてきた結果、さまざまな問題が生じています。現在、刑事事件の99.99%が有罪となっています。これは、裁判官が多数の事件処理をする中で、大半の有罪事件の中から、わずかな無罪を拾い出すことが非常に困難だと言うことです。また、裁判官は無罪判決を書いて、それが上級審でひっくり返ったとき、経歴に傷が付くことを恐れているのではないかとも思われます。無実の被告人が「やっていない」といくら叫んでも、今の制度の下ではなかなかその声が裁判官に届くことはありません。裁判員が入ることで、このあたりの実務の変化が期待されます。
 一方で、裁判員制度の問題点も指摘されています。まず、裁判員制度では、3名の裁判官と6名の裁判員の合議体で議論するため、裁判員はお飾りで、結局は裁判官の意見が通るのではないかということです。特に、十分な評議の時間が確保されないまま最終的に多数決で決着されることになれば、そのような危険が増します。裁判所は大半の裁判が3日で終わると説明していますが、一般社会人を拘束する限度が3日と考えてこの日数にこだわると、「もう時間だから」と議論が区切られてしまい問題です。また、刑事裁判では「疑わしきは被告人の利益に」「有罪だと言う確信が持てなければ無罪に」というのが原則ですが、そこを裁判官がきちんと説明できるのか、裁判員がしっかり理解できるのかということを危惧する声もあります。取り調べ過程の一部録画については、演出されることがあるので却って裁判の判断を誤らせ危険です。全部録画がなされるべきです。そして、裁判員にかかる過重な負担も無視できません。人を裁くことの精神的負担、刑事罰を伴う守秘義務の負担は、一般市民にとって重いものになりそうです。
私は裁判員の方には、人を裁く責任の重大さについては、むしろきちんと向き合っていただきたいと思っています。審議の時間も、短ければよいということではないことをご理解いただきたいと思います。ただ、制度としては、解決しなければならない問題が多々あります。実施しながら見直していくことが適切でしょう。負担が伴おうとも価値あることなので、ぜひ積極的に参加していただきたいと思います。
なお、裁判員の候補者として呼ばれている人が行かなかった場合は10万円以下の科料、質問票へ虚偽の記載をした場合は50万円以下の罰金などの罰則があります。会社も、裁判員に選ばれた従業員を解雇する等不利益に扱ってはならず、民事的責任を問われます。有給の裁判員休暇まで設ける必要はありませんが、制度の社会的意義に鑑みれば、そういった姿勢のほうが望ましいと思われます。

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