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2009年3月30日 (月)

目からウロコの事業継続と相続対策

3月11日卓話要旨

有限会社小山企画 代表取締役 北尻 克人氏

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日本では、職業の自由が憲法で保障されていますから、私たちはどんな職業に就いても構いません。数多くある職業の中から選ぶわけですが、もしお金儲けだけを基準に選ぶのなら、仕事をどんどん替えなければならないでしょう。しかし、皆様を含め、事業をなさっている方の多くは、それぞれ使命感を持って仕事をしておられるので、たとえ苦しくても仕事を替えることなく、続けておられるのです。つまり事業継承というのは、単に息子に社長を継がせるのではなく、しっかり創業者の魂を植え込んでいくことを言うのです。

 松下幸之助さんは病弱で、「いつ心臓が止まるか分からないから」と思って、松下電器という会社の目標を300年先まで考えておられたそうです。人間はいつか死を迎えますが、会社は死にませんから、会社に理念を継承させることができれば、世の中に自分の魂を残すことができます。

 しかし現実には、多くの中小企業が相続税を納めることができずに廃業しています。廃業すると、そこで理念の継承は止まってしまうので、これは何としても避けなければいけません。法人税に関しては、節税対策を取っておられる事業主さんが多いですが、儲けの中から支払うのが法人税ですから、それが払えなくてつぶれる会社はありません。問題は相続税なのです。儲ける力を持った人が亡くなったときに納めなければならないということに加えて、利益の蓄積が自社株を上げているので、相続税の評価額は知らない間にどんどん上がっていっているのです。ですから皆様には、本気で相続税対策をお考えになることをお勧めします。

 相続税対策のポイントは、財産を相続税がかからない非課税財産に置き換えること、相続が起こる前に贈与によって移転すること、財産の評価を下げることの三つです。相続税がどのくらいになるのか、計算している人がおられますが、法律は変わりますし、資産も変わりますから、そういうことに時間を割くのではなく、今できること、すべきことに時間を割くべきです。

 最も優先すべきは非課税財産を作ることですが、三つある非課税財産のうち、一番のお勧めは生命保険です。これは500万円×法定相続人の数だけ非課税になります。生命保険は、相続税を払わなければならないときに得られる貴重な現金になりますから、その意味でも相続向きの金融商品です。死亡退職金も500万円×法定相続人の数が非税になります。三つ目は弔慰金で、月給×6カ月(業務上死亡の場合は36カ月)は会社から受け取っても非課税です。つまり、お父様が亡くなられたときに会社から受け取るお金ですから、今会社にあるお金を生命保険会社に預けて、亡くなられたとき、そのお金は死亡保険金として増えますが、それを会社から遺族が受け取ることにすると、お金が増える上に、非課税の財産ができるのです。

 次に贈与についてですが、贈与で最も有効な額は110万円ではなくて、310万円です。そこまでは税率が6.5%と低いからですが、その際必要なのが、必ず贈与契約書を作っておくことです。贈与税の申告書は、贈与の証明にはなりません。また、相続開始から3年以内に相続人に対して行った贈与は相続財産に含まれますが、お孫さんは相続人ではありませんので、「いよいよ危ないな」と思われた方は、お孫さんにどうぞ。それをもらったお孫さんは生命保険会社に預けて、お父さんが亡くなったときにお金をドーンと増やすのです。また、「子供たちの間でもめそうだな」と思われる場合にも、生命保険は有効です。分割協議の対象から外れて、自分が指定した受取人にじかに財産が行きますし、遺留分の対象からも外れますから、使い方次第で大きなメリットがあります。

 ただし、生命保険がすべて有効というわけではなく、使ってはいけないものもあります。ドル建ての保険、定期保険、養老保険、医療保険、年金保険等は、相続税がかかる方には向いていません。また、会社契約で1500万円以上の保険に入らない、受取人を妻にしない、契約者(保険料支払者)を夫(父、社長)にしない、退職金積立の生命保険に入らない、後継者に生命保険をかけない、といった点に注意しなければなりません。

 今回は「最も効果的な生命保険は何か」という部分までお話しできませんでしたが、機会がありましたら種明かしをしたいと思いますので、またお声を掛けていただければ幸いです。

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端唄(はうた)

3月5日卓話要旨 

唄  神田福丸氏 
三味線  晶 子氏
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 本日は久しぶりに福丸さんの端唄を聞いていただきことになりました。もともとは神田の芸者さんですが、今はテレビ、ラジオでご活躍です。一年おきに三越劇場で「福丸の会」を開いています。大変芸熱心で名取も色々お持ちです。
・小唄 小唄幸万琉(こうたこうまる)  ・端唄 神田福丸 ・常磐津 常磐津(ときわず)菊(きく)比佐(ひさ)  ・長唄 杵屋(きねや)長福(ちょうふく) ・荻江節 荻江丸子 ・薗(その)八節(はちぶし) 宮園千(みやぞのせん)碌(ろく)季(き)  三味線は晶子さんです。           
(紹介 廣瀬元夫君)

曲 目
       ・ 春雨
        ・ 鬢(びん)のほつれ
        ・ かんちろりん
        ・ 淡海節(たんかいぶし)
        ・ 木遣りくずし
        ・ 函館さのさ

 神田福丸です。よろしくお願いいたします。数えてみれば6年ぶりだそうで、ということは、6歳年を取ってしまったのだなと思っています。一番はじめは、龍角散の前の前の社長であった藤井得三郎さんに連れてきていただいて、その後ご縁ができたという次第です。
 ロータリークラブは方々にたくさんあるのですが、端唄を歌うというのは神田ロータリークラブさんぐらいではないかと思っています。今日は5~6曲歌わせていただきます。
先ほど廣瀬さんもおっしゃっていましたが、端唄と小唄の違いが一番よく分かるのは、端唄はばちを持って演奏しますが、小唄は爪弾きと申しまして、器具を使わないという点です。こういう歌の最初の出所はどこかといいますと、吉原なのだそうです。吉原には、芸の達者な人がたくさんいました。仕事をするには芸が達者でなければ、女性としては花魁(おいらん)に負けてしまうということで、芸の達者な芸者さんがたくさんいたのだという話を聞いたことがあります。私は吉原に行ったことがないので、聞きかじりの話ですが、それでその辺りでたくさんの歌ができたそうです。

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治安問題について

2月19日卓話要旨
第87代警視総監 米村 敏朗氏

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 治安の問題は、5年連続して都民の都政への要望の第一位に上がっています。それだけ不安を感じておられるということでしょうが、昨年1年間都内で発生した刑法犯の認知件数は21万2000件で、実は昭和40年代とほぼ同じなのです。最も多かった平成14年は30万2000件でしたから、その頃に比べると大幅に減少しているということになります。特に身近な犯罪である侵入・窃盗犯は、ここ数年ずっと戦後最少の数字を更新しています。私は仕事柄、外国の警察関係者と話をしますが、彼らにこれらの数字を告げると、ジョークだと思われます。諸外国と比べると確かに桁違いに少なくて、例えばアメリカでは統計上の数字は1200万件となっています。しかも、統計に入っていないケースもあるそうですから、実際はそれ以上ということです。
 事実はどうあれ、都民の皆さんが治安に不安を感じておられるのは確かなことですし、しかも一旦悪いという感覚を持たれると、数字上の改善だけではなかなか良くなったと思っていただけないようです。とりわけ昨年は秋葉原で通り魔無差別殺傷事件が起き、同様の通り魔事件は全国で14件発生しており、そのうち6件は警視庁管内でした。無差別ということで、皆さんも不安を強く感じられたのかもしれませんが、このような事件がなぜ発生するのか、犯人の動機はどういうものなのでしょうか。旧厚生省の事務次官ご夫妻が刺殺された事件では、犯行の動機として「昔飼っていた犬を保健所に連れて行かれ、処分されたことを恨んでいた」と言っていますが、これはいかにも理屈に合いません。私は、こうした事件の背景には、家族や職場や地域に対して何らの帰属意識がないままに間違った不満を持つようになり、それが犯行に結びついているように思います。もう一つ、通り魔殺傷事件の犯人に共通してみられるのが、言わば潜在的な自殺願望です。幸い即時に検挙しましたが、我々はこの種の事件では、発生後すぐに犯人を検挙することを実践課題にしています。
 今、治安で注目されているのは、振り込め詐欺の問題です。昨年10月以降相当減ってきましたが、それでも昨年都内だけで被害総額は60億円に達しており、全国的には280億円を超えています。これは、親族に対する情が深い日本人の心理を逆利用した、極めて卑劣な犯罪です。かなり検挙しましたが、大体は20代の若者です。そして「被害者のことを気にしていたら仕事にならない」と「仕事」という言葉を使うのですから、驚いてしまいます。昔、司馬遼太郎さんは「日本人には、気の毒になるほど節度がある」とおっしゃっていましたが、振り込め詐欺は節度が全く欠落した若者集団による、組織的な犯行です。
 私は1986年から3年ほど、旧ユーゴスラビアのベオグラードで大使館勤務を経験しましたが、その間つくづく思ったのが「国家というのは、本質的にはアーティフィシャルなものなのだ」ということでした。当時のユーゴスラビアは、一つの国に二つの文字(ラテン文字とキリル文字)、三つの宗教(ローマカトリック教とセルビア正教とイスラム教)、四つの言語(スラブ系のみで)、五つの民族(スラブ系のみで)、六つの共和国、七つの国境からなるモザイク国家でしたから、誰一人として21世紀に今の状態のまま国が存在するとは考えていませんでした。案の定、崩壊しましたが、結局あの国を一つにまとめていたのは、チトー大統領の存在だけだったようです。日本人で国家がアーティフィシャルなものであると考えている人は、ほとんどいないでしょう。それだけ日本は恵まれているということですが、その分、危機感も希薄で、それが対外的に影響しているのかもしれません。
 せっかく恵まれた環境にある国なのですから、治安の面でもしっかり対応して、より住みやすい国にしたいものですが、これは警察だけでできるものではありません。ニューヨークのジュリアーニ市長がおっしゃっていた「破れ窓の理論」(窓ガラス1枚を割れたまま放置していると、どんどん町が荒廃していく)にあるように、治安問題の本質は、一般市民の皆さんが身近で起こっている、治安を乱すちょっとした事象をどれだけ見逃さないかにあります。私ども警察が努力するのは当然ですが、地域の皆さんの治安に対する関心は絶対に欠かせませんので、どうか一層のご協力をたまわりますよう、お願い申し上げます。

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カンボジアの子ども達の笑顔のために

2月12日卓話要旨
NPO法人かものはしプロジェクト 代表 村田 早耶香氏

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 途上国では、だまされて売春宿に売られている子どもが大勢いて、その多くがHIVによって命を落とすなど、悲惨な人生をたどっています。その話を最初に聞いたとき、私は本当にそんなことが起こっているとは信じられず、自分の目で確かめたいと思って大学2年のときにスタディーツアーに参加してタイを訪れ、次に、さらに被害が深刻なカンボジアに行き、多くの被害者に会うことで現実を目の当たりにしました。
 ご存じのとおり、カンボジアでは1970年代から20年近く内戦が続き、国民の約2割が貧困層に属しているという非常に貧しい国です。大好きな家族のためにたくさんの少女たちが家を出て働いていますが、私が見たのは想像を絶する現実でした。
 帰国後、何とかしなければと思い、19歳の自分にできること、すなわち本を読んだり、NGOの講演会に参加するなど、手当たり次第何でもやってみることにしました。そんな中で、2001年12月に第2回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議が日本で開催されて、そこで採択される政策に子どもの代表者100人の意見が盛り込まれることを知り、代表者になるべく応募しました。その結果、私は代表者の一人に選ばれ、仲間たちと一緒に宣誓文を作ることができました。
 その頃はまだ児童買春という言葉自体の知名度が低かったため、一人でも多くの人に知ってもらおうといろいろな所に行って講演をしていましたが、それ以上のことはできずにいました。10年、20年働いて、人脈や経験やお金を貯めてから団体を立ち上げようと考えていたのですが、そんなときに出会ったのが、今一緒に活動している青木と本木でした。
 当時大学生だった彼らは、社会的起業をしたいと思いながら、人生を賭けるほどのテーマを見つけられずにいました。社会的起業とは、社会問題をビジネスで解決しようというもので、バングラデシュの銀行家ムハマド・ユヌス氏が行っている貧困層向けの融資が有名です。
 「児童買春をなくしたいけれど、どうしてよいか分からない」と悩んでいる私に「それなら児童買春をなくすために社会的起業をしよう。人脈がないなら人に紹介してもらえばいいし、お金がないなら集めればいい。経験がないなら経験のある人からアドバイスをしてもらえばいい」と二人に説得されて、私は彼らとチームを組んでやっていく決断をしたのです。
 団体を立ち上げてからも、現状を調べて効果的な方法を探ることなどに時間を費やして、本格的な活動が始まる前に私は4年生になっていました。すなわち進路を決める時期を迎えたわけですが、仕事としてこの活動を続けることには誰もが反対しました。最も近い存在である両親からは、「どうしてもやるなら家を出るように」と言われましたが、考えてみれば私はそれまで、照れくさいということもあって、両親に自分の活動のことをあまり話してこなかったので、両親が私の身を案じて反対するのは当然のことでした。そこで、どうしても児童買春をなくしたいこと、仲間に巡り合えたこと、こんなチャンスは二度と巡ってこないだろうということを本気で訴えたところ、最後には涙を見せながらも「そこまで言うならやってみなさい」と言ってくれました。
 私たちの活動には、コミュニティファクトリー事業、IT事業、サポーター事業があります。コミュニティファクトリー事業では、とにかく貧困を解消しようということで、「大人に仕事・子どもに教育」を目標に掲げて、工房を兼ねた職業訓練所を作りました。現在26人の女性が働いており、それぞれが家庭を支えるまでになっています。IT事業では、企業のwebサイトを作り、そこで得た利益を活動費用に充てています。また、サポーター事業は参加の輪を広げるためのもので、月に1000円を納めていただくサポーター会員と、月に3000円、5000円を納めていただく正会員、1口10万円の法人会員を募集しており、集まったお金はコミュニティファクトリーの運営費用に使わせて頂いています。
 私どもは活動を広く知っていただくために年間70回ほど講演会で話していますが、直接お伝えするには限界があります。そのため、皆様からお知り合いの方に声を掛けてくだされば、とても助かります。子どもたちが笑顔を取り戻せるよう、ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。

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難しい時代

2月5日卓話要旨
ウシオ電機株式会社 会長 牛尾 治朗氏
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近年、アメリカの金融システムは、その分野でノーベル賞の受賞者を2人も輩出するほど発達してきました。人種を越えて、世界中から腕というか、頭に自信のある人が集まって競い合うのですから、その中にやや倫理観が欠如した人がいてもおかしくありません。そんな人が売りまくった投資証券の中に1兆円ほどのサブプライムローンが入っていて、それが今100~200兆円の不良債権を生んでいるのです。IT化が進んだ現在、需要収縮の波は即座に日本にも押し寄せて、日本企業の収益はたった2カ月の間に大幅なプラスから大幅なマイナスに転じました。
 経済の中枢を担う企業がそのような状態に陥ったことで最も深刻な状況にあるのが、非正規雇用の人たちです。1995年の不況では、借金と設備投資と人件費がそれぞれ3割ずつ増えましたが、借金と設備投資は2年で解消できたのに、人件費を解消するのに5~7年かかりました。そのため、同じ轍を踏むまいと考えた企業は、その後、増員する際に正規雇用では行わず、非正規雇用で賄うようになったのが、非正規雇用が増えた原因の一つです。
 また、これまで多くの企業は、正規雇用、終身雇用、年功序列、企業内組合、企業内福祉でやってきましたが、それが有効だったのは人口分布がきれいなピラミッド型をしていた昭和50年ぐらいまでのことで、少子高齢化が進むと、かさばる人件費を抑えるために、企業は正規雇用から非正規雇用にシフトしていきました。もともと社会保障も高齢者に重点が置かれてきた中で、企業まで若者を受け付けなくなると、国の未来はありません。そういうことから今日本も変革が求められているわけです。
 この不況をくぐり抜けたところには新しい経済環境が待っているのですが、大きな変革を伴って回復に至るというのが、今回の回復の最大のポイントです。しかも新しい社会は、本来人間が持つ温かさや優しさが重視される、日本人に適応した社会です。人や環境に優しい、人を幸せにする、サービスに重きを置いた経済です。例えばパナソニックの代理店は、商品を売るだけでなく、設置や取り扱い方の説明、果ては電球交換までしてくれるため、特に高齢者世帯では多少価格は高くても代理店で購入します。高齢化が進む中、こういう業態が見直されているのは当然のことでしょう。
 新しい経済の下で日本が生き残っていくためには、幾つか考えなければならないことがあります。その中の一つは、EUがまとまったように、アジアもアジアとしてまとまった方がよいということです。日本は防衛においても労働市場においても一国繁栄主義でやってきましたが、これからは世界中の国が相互に依存する関係がますます強くなるはずです。介護の世界でもアジアの人たちを雇い入れる動きがありますが、期限が決められていて、その間に介護士の資格を取得できなければ国に返すというのですから、来るなと言っているようなものです。アジアの国々がそれぞれ得意とするものを持ち寄って一つの国を形成するというぐらいの発想にならなければ、日本は生き残ることができないでしょう。
 もう一つは、これから集団主義から個人主義に移っていく中では、個人としては納得いく答えを持った上で、周りの人と協力し合うことです。協調はするけれど、自分を失ってはいけない、まさに「孤に徹し、衆と和す」ということが大事なのです。
 私は、陽明学の安岡正篤先生から「少にして学べば壮にして為すことあり、壮にして学べば老いて衰えず、老にして学べば死して朽ちず」という言葉を学びましたが、先生の本が亡くなられてからも売れているのを見て、なるほどと思いました。若い人たちはパソコンを使って何でも検索していますが、答えまで検索して出すようでは、思考力がなくなってしまいます。最近よく見られる若い人の非常識な行動は、このようなところに原因があるのかもしれません。ITは必要ですが、ITにおぼれてはいけません。
 日本がアジアの一国として生き残るには、たくましくなければなりません。しかし、レイモンド・チャンドラーが書いているように、優しくなければ生きている値打ちがないことは、ロータリーの皆様ならお分かりだと思います。今は非常に苦しい時代ですが、こんなときだからこそ、皆様のように経験豊富な人たちには、若い人を育てると同時に、彼らが歩むべき道を作っていただければ幸いに存じます。

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