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2009年5月27日 (水)

「人工歯根(インプラント)への期待と不安」

5月14日卓話要旨
会員 黒田 昌彦君

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歯が失われるという問題が起こってくるのは50歳代後半からが多いといわれていますが、歯がなくなった場合の処置は、大きく分けて四つあります。ブリッジ方式と呼ばれるものと、取り外しできる入れ歯、インプラント、そして自家歯牙移植です。
 ブリッジは、抜けた歯の両側に橋を架ける方法で、歯を削って接着させてしまいますから、外れることがなく、ほとんど違和感なく使えます。しかし、両側に歯があること、なくなった歯が1~2本であることなどの条件があるため、ブリッジが無理だとなると、次は入れ歯ということになります。しかし、入れ歯は、話しづらい、食事の際に物が詰まってしまうといった不快感を伴うため、どうしても嫌われます。
 そこでインプラントが話題になってくるわけですが、入れ歯が嫌だからといって、すぐにインプラントにするのはいかがなものでしょうか。インプラントには、メリットもある一方、デメリットもあります。
 インプラント自体の歴史はもう20年以上になりますが、ちまたで普及してきたのはこの5~10年です。実はこのことが非常に問題で、古くからインプラントに携わっている医師は非常に慎重にやっていたはずなのですが、15年ほど前に歯科医師国家試験において入れ歯の実地試験がなくなったことから、入れ歯のうまい歯科医が減ってしまって、最近は入れ歯が下手だという理由でインプラントを勧める医師が増えているのが実情なのです。
 インプラントの良さは虫歯にならない点で、虫歯で歯を失った人にとっては福音ですが、歯周病についてはほとんど無防備です。体の深い部分から上皮を貫通し、外部に突出しているのは歯だけです。インプラントも同じ構造で、チタン製の人工歯根を顎の骨に埋め込み、かぶせものをするわけですが、歯の場合は歯肉と接着していて離れないような形になっているのに対して、インプラントでは歯茎(はぐき)とインプラント体の境目にすき間が空いていて、そこに雑菌が入り、歯周炎が起こる可能性があります。つまり、インプラントは入れた後に心配なことが起こることがあるわけで、これは大変怖い話です。
 それに対して自家歯牙移植は、親知らずなど自分の不要な歯を埋め込むもので、移植に成功すればほかの歯と同じような取り扱いで済みますから、非常にありがたいものです。ただ、手術は非常に難しく、親知らずは抜いて初めて根の形が分かりますので、入れられない場合もありますし、埋まる側の根の周囲の組織が骨とうまくくっついてくれるように、抜いてから埋めるまで一分一秒を争うということで、技術と手際の良さが要求されます。
 このように、それぞれの処置に一長一短があるわけですが、歯周病を患っている人は、インプラントはできないと考えた方がいいでしょう。歯周病が重症になると、歯を失うだけでなく骨の厚みもなくなってしまいますし、既に歯周病菌を持っていますから、インプラントの手術後が心配です。インプラントをしてから歯周病になると、治療の手立てがありませんので、インプラントをするのであれば、歯周病を徹底的に治療してからにしていただきたいと思います。
 こうしたことは、ほとんどの歯医者が説明をしないのです。ですから、インプラントを入れられる場合は、ご自身で自分の歯以上にメンテナンスに気をつけていただきたいと思います。インプラントが入っている間は、最低でも3カ月に1回は歯科医院に行く気持ちを持ってください。それも、手術を受けた歯科医院に行くことです。インプラントには20以上も種類があって、一部が外れてやり直したいと思っても、全部をそろえている歯医者はまずいません。ですから、まずはしっかりと定期検診をしてくれるかかりつけの歯科医をつくってからインプラントの手術を受けるというのも一つの手でしょう。
 歯科関係の訴訟で最も多いのは、「しびれが出た」「出血が止まらない」「歯周病になった」など、インプラントをめぐるものです。インプラントは入れたら最後、自分では絶対に外せませんので、インプラントを軽々しく考えず、できれば取り外しの利く入れ歯に慣れてもらうのが一番ですし、何はともあれ自分の歯を磨くのが一番簡単だと思い直して、毎食後の歯磨きに励んでいただきたいものです。

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「日本の森林の現状と将来―21世紀の循環型社会への対応」

4月30日卓話要旨
日本紙通商株式会社 特別顧問 竹上 八郎氏
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日本には3645万ヘクタールの国土があります。これを用途別に見ると、農地が13%、牧草地が2%、森林地が70%、その他15%と、森林地が大半を占めていることが分かります。ちなみにアメリカは国土の面積で比較すると日本の25倍ありますが、森林地だけで見ると10倍と、その差が縮まります。また、アメリカと同程度の国土を持つ中国は森林が13%しかありません、森林地としては日本の7倍程度です。
 森林は世界中にありますが、豊かな森林があるのは南半球・北半球ともに緯度30度±5度のベルト地帯で、中でも日本は最も条件のいいところに位置しています。日本の森林は天然林が50%、人工林が40%、その他が10%で、所有者別に見ると国有林が30%、民有林が70%となっています。また、日本の森林の特徴はよく管理されていることです。面積ではアメリカの10分の1しかないのに、材積は5分の1となっていますので、いかに密度が高いかお分かりいただけると思います。
 日本の森林蓄積はこの40年間、年率2~3%で成長しています。黙っていても毎年それだけ財産が増えるのですから、昔から山主さんに大金持ちが多かったこともうなずけると思いますが、現在は少し事情が違います。森林産業は山から木を伐り出し、製材して初めて経済活動として認められるのですが、現在日本で消費されている木材のうち、国産の材木は4分の1にすぎません。日本の森林は戦後50年の間に随分荒廃してしまったのです。
 終戦当時、エネルギー不足に陥った日本は、石炭をどんどん掘り、山には炭鉱で杭として使うためにカラマツが植えられました。しかし、その後燃料革命が起こり、石炭の需要が急速に減って、農家も里山の木を使うことはなくなり、山も里山も荒廃が目立つようになりました。そこで、林野庁は針葉樹を植えれば永久に住宅の材料として使えるだろうと考え、奥山・里山・平地林を問わず、全てに針葉樹を植えるという政策を取ったのですが、実際にそれらが使えるようになったときにはアメリカやカナダから来た外材に価格競争で負けてしまいました。そのために、せっかくの植林地が荒廃してしまっているのが現状です。
 では、どうしたらいいのでしょうか。山は木を伐り出してこそ再生できるので、材木を使うということを考えなければいけません。日本の家屋は30年サイクルで建て替えるという形で回っていますが、私はここに基本的な間違いが潜んでいると考えています。例えば英国では100年も前に建てられた家が使われています。これは、おじいさんの資産を孫が生かして使っているということで、長く使える家を建てれば孫子の代は豊かに生活できるはずです。彼らが我々と比べて豊かな生活を送っているように見えるのは、この辺の違いではないでしょうか。車でも、日本の車は70万kmは走れるのに、10万km走ったらスクラップにしていますが、はたして「作って壊して高度成長」で本当にいいのでしょうか。
 日本の住宅も本来は100年以上の寿命がありました。それは、柱に5寸角の材木を使っていたからです。現状は3.5寸角の材木を使っていることが多いのですが、皆さんが家を建てられるときはぜひ5寸角の材木を使っていただきたいと思います。
 前述のとおり、日本では広葉樹を残しておくべき森林に針葉樹を植えたものの、それが育った時には使わなくなり、森が荒れてしまいました。山の木は放っておいてはいけません。最も豊かな森は、例えば杉の場合、樹齢50~60年の木からなる森で、それを維持するには木をどんどん伐り出して更新していく必要があるのです。よくドイツの森は豊かだと言われますが、ドイツ人はこのサイクルをうまく回しています。日本では、今はそれができていません。もう一つ、日本では山に道路を造ることは罪悪だと考えられていますが、それはスーパー林道という間違った山道を作ってしまったからであって、道を入れることによって山を保全することができます。
 日本の森林は今は荒れていますが、よい森林を作るのはそんなに難しいことではありません。50年あれば変えることができます。森林から酸素を供出できる国などそんなにはありませんから、今は日本が世界一クリーンな国になるチャンスだとお考えいただいて、今後とも森林の再生にご理解とご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。

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「人生よもやま話」

4月23日卓話要旨
学校法人共立女子学園学園長・理事長、横綱審議委員会委員   石橋 義夫氏

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昭和21年、鳩山一郎は組閣直前に公職を追放されています。かつて鳩山が海外を旅した際に記した中に、「ヒトラーやムッソリーニは、一生懸命に国民を引っ張っている」という一文がありました。それをもって、GHQは国粋主義者として彼を公職から追放したのです。自由主義者とされていた鳩山氏を、突然国粋主義者として扱った背景には、「何としても追放しなければ」という強い思いがあったようです。
 鳩山一郎が後継者に選んだのは、吉田茂氏でした。嫌がる吉田氏を無理やり口説いてバトンタッチしたわけですが、サンフランシスコ講和条約締結によって日本が完全に独立国と呼べるようになると、「鳩山に政権を返すべきだ」という世論が強くなりました。「吉田君とのけんかは避けたい」と言う鳩山に対して、強硬派の人たちは「首に縄を付けてでも引っ張っていく」と、昭和26年6月11日、鳩山邸離れで会議をしていた最中に脳溢血で倒れたのです。名医である佐々廉平博士にも診ていただきましたが、左半身不随の体になったわけです。それでも「政権を担当したい」という思いが強く、非常に努力してリハビリに励みました。
 当時は、第三次世界大戦勃発かと言われるほど不安定で、鳩山氏も「日本は講和条約締結で東の窓は開かれたが、西はまだである。日本の平和を維持するには西の窓を開けるしかない」という信念を持っていました。鳩山内閣発足後、ソ連大使館のドムニッキー参事官が会いたがっているという情報を得て、私が内々に話を進め、二人は音羽の鳩山邸で会いました。そのとき彼はソ連政府からの手紙を持参しており、これによって本格的な日ソ交渉が始まることになったのです。
 そうは言っても、親米家が多い中で話はいっこうに進まず、とうとう鳩山は自身がモスクワに行く決心をしました。昭和31年10月5日に羽田を発つ前に言った「それでは皆さん、さようなら」という言葉から、彼が死を覚悟していたことが分かります。当時はまだプロペラ機しかなく、我々はマニラ、チューリッヒ、ストックホルムと乗り継いでモスクワを目指しました。11の新聞社の記者が随行していましたが、彼らの狙いはただ一つ、「鳩山の身体が大丈夫か」ということだけでした。モスクワ行きはそれほど過酷だったわけです。
 無事モスクワに着いた我々は迎賓館に案内され、連日クレムリンに通いました。滞在中はどこに盗聴器が仕掛けられているか分からないので、細心の注意を払っていましたが、それでも情報は漏れていたようです。フルシチョフは「我々は、日ソ交渉をしようと言った初めての首相である鳩山さんとの交渉に全力を挙げる」と言いましたが、肝心の領土問題となると決して譲りません。こちらも国会で四島一括返還を決議しているので譲るわけにはいかず、非常に苦しい交渉が続きました。同行していた河野一郎氏が、お酒も飲めないのにフルシチョフからウオッカを勧められ、「飲めば私の言うことを聞いてくれるか」と言って一気に飲み干す場面があったほどです。河野さんも命懸けで臨んでおられたのです。結局鳩山のもう一つの強い目的であった「領土は何年経ってもなくならないが、人命には限りがある」という、シベリア抑留者の帰還を優先し領土問題は次の平和条約に持ち越すことになり、10月19日に調印式を行うことが決まったのです。しかし前日の夕方になって、「党幹部が旅行でいなくなるので、21日に延期したい」という申し出があったのです。一刻も早く決めて帰国したい我々としては受け容れ難く、19日に党幹部抜きで十ヶ条からなる「日ソ共同宣言」の調印式を行うことになりました。
 すべてを終えストックホルム到着後、我々は初めてポーランドで暴動が起こっていることを知りました。党幹部はそれを鎮圧するために動いていたわけですが、「知っていれば、もっと有利に交渉を展開できたのに」と、皆残念に思いました。当時の「鉄のカーテン」は、それほど強力だったのです。その後、ハワイに出迎えに来てくれた、森清・中曽根康弘の両氏を見て、涙を浮かべていた鳩山の姿は、今でも忘れることができません。歴史に残る日ソ共同宣言は、このように鳩山・河野両氏が命懸けで臨んで実現したのです。

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2009年5月11日 (月)

「ロータリーの友 あれこれ」

4月9日卓話要旨
ロータリーの友編集長 二神 典子氏
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RIの本部で編集・発行している『The Rotarian』は国際ロータリー唯一の機関紙です。『The Rotarian』のほかに、全部で31の地域雑誌がありますが、これらをすべて合わせたものを『Rotary World Magazine Press』と呼んでいます。
 ロータリーの地域雑誌には、RIの規則で幾つか守らなければならないことがあります。7月号のRI会長ご夫妻のお写真の掲載もその一つですが、毎月のことでは、『The Rotarian』の中から、幾つかの記事をそれぞれの言語に翻訳して載せなければならないということが決まっていて、ロータリーの公式の文献は全部英語で配信されますので、それをRIの日本語課のスタッフが日本語に翻訳しています。
 最近はRIのウェブサイトにも日本語が随分増えてきましたし、しかもそれが非常に早くアップされていますが、基本的にはそれぞれの国のロータリアンの考えや文化・法律に従って自由に編集・発行することが許されていて、『The Rotarian』をご覧いただくと、実は翻訳に関して3種類あることがお分かりになると思います。
 最も多いのは何も書いていないものでこれは私どもロータリーの友の事務所で翻訳を行っているものです。
 二つ目は、「翻訳提供・国際ロータリー世界本部」となっているもので、これは前述のRI本部にある日本語課の皆さんが、『ロータリーの友』のために翻訳しているものです。日本語課の皆さんが翻訳した原稿を、私どもで『ロータリーの友』用に言葉の使い方や文字の使い方を少し変えて掲載しています。
 三つ目は、「国際ロータリー公式訳文」となっている文章で、これは一字一句変えることなくそのままの文章を、『ロータリーの友』だけではなく、RIの他の文献にも載せています。
 日本で『ロータリーの友』が発刊されたのは1953年のことです。当初、日本には地区が一つしかありませんでしたが、1952年7月に地区が二つに分かれました。一つのときは『ガバナー月信』も一つだったので、日本中のロータリアンが情報を共有できていましたが、分裂後はそうもいかなくなりました。そこで、その後も互いに情報を共有して、コミュニケーションを保つために考えられたのが、『ロータリーの友』の発刊だったのです。その後、時を経るとともに、当初の目的であった日本のロータリアンのコミュニケーションを保つことに加えて、世界中にあるクラブの情報を提供するという役割が加わりました。今はほとんどの方がご自分のクラブが載っているときには『ロータリーの友』を読んでいるとおっしゃいますが、創刊当時は、遠くにある地区の様子を知るために読まれていたようです。当時のことはあまり知られていないので、甲府のパストガバナーであった高野孫左衛門さんに、当時を回想していただいて『ロータリーの友』の4月号に掲載していますので、ぜひご覧いただきたいと思います。
さて、11月号から「グローバルアイ」というものが新しく掲載されていますが、最初に日本語課から送られてきたものを見ると、文字が多く、記事の内容もRIのトップダウン的な印象が強く、少しがっかりしました。そこで、私どもは悩んだ末に翻訳の見直しを行い、文章全体を「ですます調」に改めたり、文字を大きくするといった修正を加えてより皆様に読んでいただけるようにしました。
 最近は日本の皆様も、広報について意識されるようになってきましたが、そういう流れを受けて昨年作ったのが、『Rotary世界と日本』という小冊子です。5000部も出れば十分だろうと思っていたところ、その数倍出たことは嬉しい驚きでした。次年度は増強用に、新会員候補にターゲットを絞った、簡単に読んでいただける小冊子を作ろうと思っています。同じく会員増強については、著しく会員を増やされたクラブの会長さんにご出席していただいて座談会を行い、その様子を5月号に載せています。
 『ロータリーの友』は、私ども編集者だけで作ることはできません。皆様の活動や、お考えになっていることを私どもにお寄せいただき、初めて成り立つものなのです。すなわち、皆様は『ロータリーの友』について、購読の義務と同時に編集の義務も負っていらっしゃるということをぜひご認識いただき、今後一層ご協力をたまわりますよう、お願い申し上げます。
(国際ロータリー日本語課職員 岡田淳子様同行)

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「脳卒中の救急医療体制」

4月16日卓話要旨
東京都保健医療公社豊島病院 副院長 山口 武兼氏

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ご存じのように、脳卒中には血管が切れるもの(脳出血・くも膜下出血)と、血管が詰まるもの(脳梗塞)があります。平成19年には、脳血管障害で亡くなられた方の60%は脳梗塞で、脳出血26%、くも膜下出血11%と続いています。1955年ごろは脳出血が圧倒的多数を占めていましたが、脳出血に対しては国民的な運動として取り組んできた結果、近年、死亡者数が減ってきました。その一方で、高齢化により動脈硬化が進み、脳梗塞が増えてきたというわけです。
 脳卒中の症状に頭の痛みがありますが、脳梗塞で頭が痛くなることは基本的にはないので、頭が痛くなったときは出血している可能性が高いです。くも膜下出血の場合、ハンマーで殴られたような激しい痛みが急に起こります。脳出血・脳梗塞では、その場所によって手足が動かなかったり、言葉が出なかったり、物が二つに見えたり、回転性のめまいが急に起こります。これら三つの病気は、CTとMRIで確実に診断できます。脳梗塞やくも膜下出血の場合は、さらにMRAや3次元のCT撮影を行ったり、直接カテーテルを足の付け根から入れて脳血管撮影を行って、動脈瘤の場所や血管が詰まっている場所を診断します。
 脳出血では、大脳の外側の被殻出血と内側の視床出血が多く、被殻出血の大きいものは手術で治すことがあります。くも膜下出血で最も多いのが動脈瘤の破裂で、治療としては、開頭手術を行いクリップでとめる方法と、コイル塞栓術の二つがあります。それと同時に血圧を下げたり、血管れん縮を予防して脳梗塞が起こらないようにしますが、これをしなければ、手術がうまく行っても、1週間ほどして脳梗塞によって麻痺が起こることがあるのです。コイル塞栓術は、足の付け根から動脈瘤の中までカテーテルを入れ、そこからコイルを出して詰めるものです。手術に比べ、患者さんへの負担は軽くて済みますが、動脈瘤の形・場所によってできるタイプとできないタイプがあります。
 脳梗塞は詰まる血管の太さによってラクナ梗塞、アテローム血栓性梗塞、心原性脳塞栓症の三つに大別されますが、心臓から詰まるものが飛んでくる心原性塞栓が最も太い血管で起こり、重症になります。これまで、詰まった所に関しては助けることができませんでしたが、血栓を溶かすt-PA療法の出現で、血液の流れを良くすることができるようになりました。2004年に出た「脳卒中治療ガイドライン」でこれまでの治療法が検証された結果、グレードAと評価されたのは、t-PAとアスピリンによる抗血小板療法だけでした。ただし、t-PAは発症してから3時間以内でなければ、副作用の方が強くなるので、使ってはいけません。つまり、検査や処置の時間を考えると、症状が出てから2時間以内に病院に来た場合のみ、使えるということです。また、高齢者や内科の病気がある人はリスクが高くなるため、実際に使えるのは2%という統計結果が出ています。全例に使えるわけではありませんが、使った場合には劇的な改善が期待できるのが、t-PAなのです。
 現在東京都では、脳卒中の治療に重点を置いて取り組んでおり、東京都脳卒中急性期医療機関として155の病院を搬送先に指定しています。その際大切なのが、早期発見と迅速な搬送です。突然顔のゆがみが起きる、閉眼で両手を10秒挙げて左右同じようにできない、物や自分の名前がうまく言えないといった症状が一つでもあれば、7割の確率で脳卒中が考えられます。間違っていても構いませんので、病院に行き、早く治療を始めることをお勧めします。
 脳卒中が起きないに越したことはありませんから、皆様にはまず予防に努めていただきたいと思います。脳卒中は生活習慣病の一つですから、予防可能な病気です。幾つか危険因子はありますが、特に家族歴のある方と高血圧の方は注意が必要です。また、心房細動のある人は血栓ができやすいので、内科や循環器の先生にご相談ください。このようなケースでは、血圧のコントロールとワーファリンの服用が非常に有効で即効性があります。
 皆さんができる予防としては、適度な運動を行う、食事に気を付ける、水分をコップ半分程度余分に摂取するなどがあります。生活習慣を見直し、きちんとコントロールするだけで、脳卒中の発生率はかなり下がりますし、遅らせることも可能ですので、少し気を付けて予防に努めていただきたいと思います。

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