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2010年3月25日 (木)

「映画の中のワイン学 ~カサブランカと007を中心として~」

3月4日卓話要旨
ワインジャーナリスト 青木 冨美子氏
(清水 修一郎会員紹介)
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 私は1988年にワイン業界に入り、現在はワインジャーナリストとして活動しています。一人でも多くのワイン好きを増やすことが自分に課せられた使命であると思っています。アルコールには縁のなかった私がこの世界に入った時、当然のことながらワインに関する本を何冊か購入しました。でも楽しく読破できる本はありませんでした。仕事を続けていくうちに「わかりやすく読みやすいワイン本が書けないものか…」と思うようになりました。それを叶えてくれたのが“映画”です。小さい頃から映画好きだったこともあって、映画を観る機会は多かったのですが、『フレンチ・キス』を観た時、「これだ!」と実感しました。ワインの香り見本のシーンが登場していたからです。映画をベースにした初心者向けのワイン本の構想が固まった瞬間です。このようにして始まったのが、女性誌での連載『ワインが光るワンシーン』で、これは後に単行本『おいしい映画でワイン・レッスン(絶版)』になりました。
仕事をしていく上で大切にしているのが、「ワインを飲む楽しみは、知る楽しみによってさらに深まる」という言葉です。これは日本が世界に誇る『桔梗ヶ原メルロー』の生みの親である麻井宇介先生に初版をお送りした時、頂戴したものです。
第二次世界大戦中に作られた名画『カサブランカ』には意味あるシャンパン『G.H.マム・コルドン・ルージュ』が登場します。明日はドイツ軍によってパリが陥落するというその日、ハンフリー・ボガート扮するリックとイングリッド・バーグマン扮するイルザがピアノ弾きサムの“時の過ぎゆくまま”を聞きながらシャンパンを飲む有名なシーンです。この時、リックは「どんどん飲めとさ。ドイツ人にシャンパンをやるのはシャクだから」と言います。実はマムはドイツ人がランスに興したメーカーで、コルドン・ルージュを発売したところ大ヒットします。ところが人気が出たことでねたみを買い、第一次世界大戦中に敵国資産としてフランスに没収されてしまいます。映画では、フランスがドイツに占領されようとする時に、かつてフランスがドイツ人から取り上げたシャンパンを飲むという設定になっているわけで、監督やプロデューサーがマムに託した意図が伝わってきます。当時、アメリカではマムは人気の銘柄でした。フランスでは実業界や財界で好まれています。その意味ではロータリークラブの皆様にぴったりのシャンパンだと思います。
 イギリス人のイアン・フレミングが書いた007シリーズにもワインは度々登場しています。1956年に出版された『ダイヤモンドは永遠に』は、1971年にイギリスで映画化されました。私は映画だけでなく原作のあるものは必ずチェックしています。面白いことに、原作には映画に登場するシャトー・ムートン・ロートシルトは出てきません。劇中、ソムリエに扮した殺し屋が、ボンドにムートン・ロートシルトを注ぎ、それに対してボンドはクラレットを所望します。イギリスでは、ボルドーのワインをクラレットと呼ぶのですが、ソムリエが「あいにく当船にはクラレットがなくて」と答えたことで、彼が偽者であることを見破るというイギリス映画らしい高尚な話を絡ませています。登場したワインは1955年ヴィンテージで、ラベルはジョルジュ・ブラック。ムートン・ロートシルトは、毎年著名なアーティストがラベルをデザインしていることで知られています。ムートンは1973年に第2級から第1級に昇格していますが、この記念すべき年のラベルはピカソの作品が使われました。『ロシアより愛を込めて』にもオリエント急行内のワインセレクションの違いから、相手がスパイであることを見抜くシーンがあり、ここでも小道具としてのワインが重要な役目を果たしています。
ワイン生産とあまり縁がないと思われてきたイギリスですが、近年、温暖化の影響下にあって、南イングランドでは素晴らしいスパークリングワインが造られています。これは新しい変化です。
お話を聞いてくださった方々が、「これからは映画の見方が変わるね」とおっしゃってくださることが、私には何より嬉しいです。単に映画を観て終わるのではなく、ワインを縦糸に、映画に登場するワインを横糸にして紡いでいくことで、『映画でワイン・レッスン』のコンセプトである“ワインを飲む楽しみは知る楽しみによってさらに深まる”がご理解頂けるからです。
今後このようなことに注目していただきながら映画をご覧いただければ、幸いに存じます。

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