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2017年2月22日 (水)

「アベノミクスと日本の成長戦略」

2月9日卓話要旨
住友商事グローバルリサーチ株式会社 渉外部長 池 毅 氏
(新 健―会員紹介)
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   住友商事の社長・会長を務めた岡 素之は安倍政権発足後、規制改革会議の議長となると同時に、産業競争力会議の委員にも指名され3年間務めました。私は、この両方の会議に同期間陪席しましたので、今日は、そのときに得た経験を基にアベノミクスとTPPに焦点を当ててお話しします。  
 アベノミクスとは、皆さんご存知と思いますが、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」の「三本の矢」からなる訳ですが、この中でも、大きな比重を占めるのが「大胆な金融政策」でした。それまでの方針を転換し、異次元の金融緩和を行った結果、円安が進み、日本経済を苦しめた六重苦の筆頭に挙げられていた超円高は解消し、輸出企業の採算は大幅に改善しました。よく「円安になっても輸出数量は増えていない」という批判を耳にしますが、これは一面しかみていない議論です。確かに輸出数量はそれほど増えていません。日本の自動車メーカーは1800万台も海外生産を行っており、為替が円安に振れたからといって、かつてのように日本からどっと輸出が増えるような構造にはなっていないのです。しかし、円安には数量効果のほかに価格効果というのもあって、こちらは確実に改善しているのです。
 GDPも大きく改善しました。安倍政権発足当初、同政権が掲げた目標は「GDP500兆円を取り戻す」でした。民主党政権になる前に500兆円あった日本のGDPが470兆円まで落ち込んでしまった。この失われた30兆円をアベノミクスで何とか取り戻したいというのが安倍政権の目標でもありました。これも昨年達成されました。そして年末、このGDPが更に537兆円に跳ね上がりました。GDPの計算方式は国連が定めていて、その計算方式が2008年に改訂されたのですが、他の先進国の多くが新方式に対応してGDPの金額を大きく伸ばすなかで、日本だけは新方式(研究開発費や情報化の投資もGDPに含める)への対応が遅れ、OECD35か国中最後から4番目という遅さで、ようやく昨年末に新方式でのGDPに改めたのです。そうしたら日本のGDPは一気に32兆円も増えました。
 次にTPPについてお話しします。環太平洋経済連携協定(TPP)をもともと仕掛けたのはアメリカでした。アメリカの意図は、大筋合意直後にオバマ大統領自ら公言したように「グローバル経済のルールを中国のような国に作らせるわけにはいかない。新しいルールは我々が策定すべきだ」というものでした。その為には日本を巻き込む必要があります。民主党の野田総理(当時)にアプローチしてきたアメリカ政府高官は「日米で21世紀の太平洋憲章を共に創ろう」と呼びかけたそうです。これは第二次世界大戦後の世界秩序を構想した大西洋憲章を踏まえての発言でした。もちろんTPPは中国を排除するようなものではなく、日米が定めた投資保護や知的財産保護、関税の引き下げ、国有企業保護の廃止といった高い水準のルールを受け入れれば中国も喜んで迎え入れるという開かれた協定であることに留意する必要があります。
 TPPに参加するようアメリカから求められた時、日本はひとつ注文を付けます。それは「例外なき関税撤廃という前提条件を外してくれ」というものでした。それまでのTPP交渉はアメリカが主導する形で「関税に聖域は設けない」ということを大 
前提で交渉が進められていました。     
しかし農業、とりわけコメというセンシティブな品目を持つ日本としては交渉に入る前から関税撤廃を前提とされては、交渉に入れません。そこで日本はこの点を強く求めました。アメリカはこの日本の条件をのみました。アメリカにも自動車という日本のコメに相当するセンシティブな品目があったからです。日本の参加で例外なき関税撤廃を前提としたTPP交渉のルールは大きく変わり、どの国も受け入れられるような形にまとまって2016年2月に署名に漕ぎ着けることが出来ました。
いまや「TPPは死んだ」と公言する人が多くなっていますが、私は「まだ首の皮一枚で生きている」と考えています。TPPに先立って日本は豪州との間で自由貿易協定を結んでいるため、豪州産牛肉の関税はどんどん下がっていきます。アメリカの牛肉業者はそのことを分かっているので、TPP批准を政府に働き掛けています。アメリカ国内もTPP反対一色ではないのです。トランプ大統領がTPP離脱の大統領令に署名したものの、まだ復活のチャンスはあると思っています。

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「今年の経済、株式相場を占う」

1月26日卓話要旨
武蔵野学院大学・大学院 特任教授 山崎 和邦 氏
(清水 宣夫会員紹介)
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   私は大学2年のときに不覚にもケインズ学派の景気循環論に没入し、60年安保の左翼学生から転向して金の流れを全部知ろうとして1961年に野村證券に入社しました。13年目に同期350人中で最初に支店長になったのですが、故あって退職することになりました。現在の大学院の教授というのは世を忍ぶ仮の姿で、実態は現役の生々しい投資家です。
 皆さんは、自分で相場を張らずに相場を語る解説者の話はほどほどに聞いておいた方がいいと思います。彼らを我々は「風呂屋の窯」(湯ばかり=言うばかり)と揶揄しています。また、大証券は常に強気を言います。将来が明るくないと、投資信託が売れないからです。50年以上か前から正月に日経新聞に、著名20人の相場に関するアンケート結果が載っていました。「前半安の後半高」とほとんどの人が言うのですが、この裏には、設備投資や増資する場合に後半が明るくなければならないという経営者の立場があります。
 では、誰の言うことが当てになるのか。自分でやってきた人、つまり私です。今まで平均株価が2~2倍半になったことが、37年間に6回ありました。大底圏内で買って、2倍になるまで持って、大天井圏内で売る、これを6回繰り返すだけで64倍、1000万円で始めた人は6億4000万円に必然的になります。それを実行してきた者が私です。
 この50年間で1990年~2003年は「失われた13年」、山積みになった不良債権を先送りしてきた時代です。それで、小泉内閣の金融再生をした木村剛氏と竹中平蔵氏らが強制的に公的資金を注入して片付けたのが2003年です。実際には過去50年間からこの13年を引いた37年間に購入した株価が2倍になったことが6回あるということです。「人のゆく、裏に道あり花の山」でなく、表通りにある、トヨタや日立や野村證券などの銘柄を大底圏内で買っていればみんな3倍や4倍になるのですが、私は2倍で売るようにしています。売ってから上がった分は「頭とシッポは猫にくれておけ」の格言通りです。
 では、どうやって大天井、大底を見抜くのか。私は入社して2年目のころ、何か指数を発見して、諸先輩より先に売り抜けていようと考えていました。その結果、「マーシャルのk」に目を付けました。これは、「GDP/現預金」のことですが、私は「時価総額/現預金」を計算して、これが60%を超えると大天井圏内、40%を割ると大底圏内だと考えたのです。これを人は「山崎指数」と呼びますが、この37年間に60%を超えたことが7回あって、6回そのとおり大天井になりました。最近は、小泉相場1万8261円、アベノミクス相場2万952円の大天井を当てています。また、表通りにある普通の株でないと、年金も投資信託も外国人も買ってこないので、ミクロよりマクロに森を見ることを私は実践しています。『孫子』の一節に、「古(いにしえ)の善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。故に善く戦う者の勝つや、奇勝無く、智名も無く、勇功も無し」とあります。これが私の流儀です。
 ウォーレン・バフェットも時価総額/GDP(バフェット指数)が100%を超えると過熱圏と言っています。実際、サブプライムの不動産バブルが破裂する前はその過熱圏にありました。今、ニューヨークダウは100%をとっくに超えており、昨日は2万ドルを超えて、市場最高値を記録しました。その前は、トランプという理念なき現実主義者がビジネスの延長で超大国を主導したときに、何が起こるか恐ろしいということで、ニューヨーク市場は2万ドルを前に1カ月も足踏みしていたのです。
 もう一つ、私を含めて皆さんはご自分が「弱気になったときは大底、強気になったときが大天井だ」と思ってください。では、どういうところで買うか。売り残して持っている株がもっと下がると思うとぞぉっとする、そこで買わないと駄目です。どこで売るか。ルンルン気分になったときでは遅いので、ルンルン気分の「ル」で売るのです。売ってから上がっても、自分がよければいいのです。大底はどこで見抜くか。株式講演会へ通って、3分の1~5分の1しか来ていないで空席が多い時、それから、平均株価がPBR(株価純資産倍率=解散価値)以下になった時です。
 1978年にガルブレイスの『不確実性の時代』がベストセラーになりましたが、不確実性とは、計算可能なリスクというより、何が起こるか分からない暗闇のことです。トランプ大統領の就任、欧州の選挙、ロシア強硬姿勢の変化の兆しと、今年はその不確実性に満ち満ちている年です。今年は株式を全部売って、ケインズの言う流動性選好、つまり、現ナマで持って株式市場と対峙して大底を待っている人が勝ちだと思います。山崎和邦オフィシャルサイト http://yamazakikazukuni.com/

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