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2017年12月 8日 (金)

「バギオ基金について」

11月2日卓話要旨
多田 宏 会員
(一般財団法人 比国育英会バギオ基金 会長)

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   バギオ基金は、東京神田ロータリークラブも設立当初から関係しています。大東亜戦争が1945年に終戦を迎えたとき、フィリピンには軍人、軍属、民間の日本人が約60万人いました。戦前のフィリピンは、アメリカ合衆国の統治下にあり、戦時中に日本が3年ほど統治したのですが、日本が劣勢になって、約60万人の日本人が北ルソン島北部にある標高約2000mのバギオに逃避行しました。しかし、その途中で50万人が餓死もしくは疾病で亡くなりました。
 それは日本が連合国に無謀な戦争を仕掛けたからだと言う人もいますが、こうした悲劇が起きたことは今の学校では教えません。食べる物もない状況で、カエルやノネズミを捕って食べたといいます。終戦後の食料難の中、生産手段を持たない会社員、官僚、教師などは困窮を極めましたが、フィリピンも同じでした。さらに、バギオでちりぢりになって生活していた日本人の子どもたちを教育する場がないことが問題となりました。
 そういう中、静岡県出身で東京師範学校を出たシスター・テレジア海野さんは、退職後に教会の関係でルソン島に渡り、あまりにも悲惨な日本人の状態を見て、バギオで苦しむ子どもたちを支援してほしいと日本のロータリーに声を掛けました。確か神田RCにも来られたはずです。
 ロータリアンの中には、フィリピン戦線に従軍して、戦後成功された方々がかなりおられます。このクラブにもそういう関係でかなり力を入れた方がおられました。そして、1981年、当時の258地区が支援の手を挙げ、バギオ基金に協力しました。最初は個人の協力にとどまっていましたが、城西RCの会長を中心に支援が広がり、協力基金が随分集まりました。地区大会でも財団の寄付、米山育英会への寄付と合わせ、バギオ基金への寄付も必ずインフォーメーションしていました。
 しかし、風化により、バギオ基金について知らない人が増えてきました。米山は公益財団法人として発展し、ここ10年ほどは年間約14億円を集めていますが、バギオはフィリピン1カ国の若者に対する支援なので、公益財団法人になれません。そのため税制上の免除を受けられず、ここ十数年間、年間1000万円弱の寄付で細々とやってきました。私がガバナーのときの2009年ごろに財団化し、退任後も顧問を務めたのですが、今度は代表理事を引き受けることになり、神田RCにもバギオ基金の特別委員会をつくることをお願いしました。個人と違い、RCが寄付する分には税金は関係ありません。ですから、私は2017-2019年の代表理事として、そういうプロモーションを始めたところです。
 2009年の財団設立当初の基金は2億5900万円でしたが、現在は約3億円を運用しています。現在後援しているのは全国で380クラブ、34地区、個人は3970名です。現在までに受け入れた寄付金の総額は3億7140万円、事業費として毎年2000万円程度を支出しています。対象となった奨学生は延べ3579名、留学生として受け入れた者が14名です。
 終戦時、いち早く賠償金請求を放棄したのがフィリピンでした。非常に貧しい国にもかかわらず、それだけ親日的な国です。バギオではシスター海野をたたえる会館も建てられ、そこでは日本語教育も盛んに行われています。日本の文化や歴史をもっと海外に広めるべきだというのが私の考えなのですが、日本の高校における日本史教育は江戸時代で終わってしまうので、ほとんどの国民は明治以後の日本の歴史を知りません。  
バギオにおいても、お金を渡すだけでは駄目で、日本語や日本文化の真実を若い日系人たちに教えるべきです。バギオ訪問は、今まで38回実施していますが、延べ参加人数は1200名です。次回は来年2月に予定しています。50人乗りの飛行機をチャーターして現地へ向かいます。
現地では義務教育が中学までありますが、それを全うできるのは半分ぐらいです。子どもの労働力がないと生活できないからです。片やヘリコプターで飛び歩いている大農園主もいるので、極端な貧富の差が社会不安を生み出す土壌となっています。それをなくすには教育しかありません。教育がないと、いつまでたっても牛馬の生活を強いられます。読み、書き、そろばんがまず必要です。
そういう使命感に駆られて、仕事は社員たちに任せ、例会にも出てこられない毎日を送っています。
クラブのご支援をよろしくお願いします。

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「児童養護施設18歳の巣立ち応援」

10月19日卓話要旨
特定非営利活動法人プラネットカナール 理事長 鈴木 邦明 氏
(金井 一成会員紹介)

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   われわれは、児童養護施設を巣立つ18歳の若者たちを支援する活動をしています。具体的には、要らなくなった一人暮らし用の家電や家具を集めて、アパート暮らしを始める若者に届ける活動です。今の児童養護施設は、親がいない子どもは1割少ししかおらず、虐待やネグレクトで親元にいられない子が6割以上を占めます。その他、親が障害を持っていたり入院していたりという理由で入所している子もいます。全国に600強の施設があり、都内には55施設あります。
 子どもたちは、18歳になると施設を出なければなりません。昨今、大学に進学した子は20歳まで居られることになりましたが、施設に空きが少なく、シェアハウスや寮から大学に通っている者がほとんどです。施設を出ていく子には国から支度金7万7000円が支払われ、都からも若干の補助が出ます。しかし、蓄えもない彼らにとってはとても大変な旅立ちです。
 全国で毎年2000人が巣立ち、1施設当たり平均3.5人です。夢もあれば不安もある普通の18歳ですが、決定的に違うのは、いざというときに頼る家庭がないことです。精神的にも経済的にも非常にきついと思います。失敗している子も非常に多く、自立援助ホームというシェルターのような所に入ってもう一度やり直す子も最近増えてきました。今どきの若者ですから、会社に行って怒られると出社拒否になって給料が入らなくなり、家賃が払えなくなってホームレスになってしまう若者が2~3割います。そこから立ち直る子どももいますが、女性なら風俗へ行ってしまうなど、悪い人のターゲットになりやすいのです。
 巣立つ前にいろいろな研修を実施していますが、今の若者ですから右から左で必要な知識が身に付かないまま、社会に出てしまいます。また、親子関係が繊細で微妙なため、私たちが中途半端に立ち入れません。そこで、明らかにニーズがあって、私たちができることに徹しようということで始めたのが、一人暮らし用の家電家具を贈る活動です。
 これは、彼らは本当に喜びます。贈っているのは、冷蔵庫・洗濯機・電子レンジ・テレビ・炊飯器・掃除機が基本で、その他にニーズが高いものとしてドライヤーやアイロン、扇風機があります。家具は、プラスチックケースやカラーボックス、収納チェスト、こたつ、座卓などが重宝されます。鍋やフライパンも喜ばれます。その他、DVDやノートパソコンのニーズが高いですが、ほとんど集まっていません。
 一方、私たちの周りには、一人暮らしの人が大学卒業・結婚・転勤などで、家電や家具が不要になる人が大勢います。テレビ、パソコンなどを買い替える人も結構います。また、リフォームや新築のため、断捨離をする人もいます。こうして不要になった家電や家具は、使用年数が短く、良いものが多いのです。皆さん、もったいないと思い、使ってもらえるものなら寄贈したいと考えています。ただ、どうしていいか分からず、洗濯機や冷蔵庫の処分に1台5000円ずつ費用を負担しても、処分しているのが現状です。
 家電や家具を必要としている人と、処分に困っている人の間をつなぎ、地域で保管して、年に1回クリーニングして、まとめて配送するのがわれわれの活動です。今年は12人を支援しましたが、来年は30人ぐらいを支援する予定で、近隣施設も合わせて継続的に支援していきたいと思っています。
 皆さまには寄贈の呼び掛けと寄贈者の紹介にご協力いただければと思います。引き取り保管や在庫管理はわれわれで行います。贈呈前半日の寄贈品クリーニングに参加いただければ、うれしいです。贈呈主として贈呈式に参加いただいたり、卒業生やボランティアとの懇親会にも参加いただけます。子どもたちとの継続的なネットワークにも参加してください。今年から首都圏物流さんが全面的に贈呈日の配送を支援してくださるようになり、事故の心配もなくなりました。ただ、千葉などにある保管場所に持っていくまでのつなぎの場所が都心に欲しいと思っています。会社の隅でも貸していただければ本当にありがたいし、トラックや軽トラやバンも貸していただければ本当に助かります。
 私どもは地域で活動している方をお手伝いする立場であり、お金がかからないロールモデルを提供することに意義を見いだしています。どんな形でもいいので、皆さまとご一緒に活動する方法を探っていけたらと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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「米山月間に因んで」

10月12日卓話要旨
米山奨学生 朴(パク) 民洙(ミンス)さん

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   私は、東京藝術大学の博士後期課程に在学しています。日本留学は今年が5年目で、留学生としては最終年に当たります。彫刻作品を通じて考えや感情を表現しており、パターンの繰り返しによる無限構築というテーマで制作しています。
 この世界は自然の法則で動いており、われわれが意識しようがしまいが、自然は複雑性と規則性を持っています。人類は絶えず自然に対して、直感と分析を通じてその法則を究明しようと試みてきました。自然を対象とする探求意志は、自然の一部としての人間に内在されています。このような意志は、存在の根源と本質に対する接近であると同時に、人間の自己確認行為だと思います。自然は無限に多様な芸術の源泉であり、絶えず生成、成長、消滅を繰り返して動いています。それは、この世が有機生命体であることを証明しています。従って、われわれが存在する宇宙は、全体が巨大な有機生命体だといえます。
 自然の最も基本的な動きは回転です。地球は自転と同時に公転もしています。太陽系も天の川銀河の中心を公転しています。単純な一つの回転ではなく、回転が積み重なって独特のパターンの軌跡を描きながら動いています。自然はこのような事実を反映しており、動植物や雲の形などでは宇宙の動きに似た現象が頻繁に発見されます。われわれは、この世界に対して好奇心と畏敬の心を持っています。自然界の全ての現象は単独的に存在せず、有機的に緊密に結び付いています。また、そのつながりは一定サイクルで限りなく循環します。私は回転運動を基にしたパターンの規則的な組み合わせによって、始まりと終わりがなく、面の区分がない形を作品として制作しています。一つの回転運動のパターンから始まり、有機的な自然の本質に近づけるため、さまざまな回転運動の反映を試みています。
 一方、この世界は相対的なもので満ちています。上と下、光と影、善と悪、有限と無限などは同じ現象の表裏であり、どのような基準から眺めるかによって異なる認識が生まれます。紙には表と裏があり、その境を越えなければ裏面に到達できません。境は表と裏を区分する基準となります。両端をひねって表と裏を貼り合わせたメビウスの帯は、境があるにもかかわらず、表と裏の区分がありません。つまり、境界の意味がなくなり、矛盾した現象に合理性を付与します。私の作品では、角を境とする異なる面が存在しますが、一定規則の組み合わせにより、一つの面と一つの角だけを持つメビウスの帯のような構造になります。
 次に、金属に関する話です。金属は、瞬間的に熱を加えることにより、分離されていた状態から簡単に一つにつなげることができます。私の作品の一つは、金属の棒を空間上に並べたもので、これにより有と無という対立する性質を同時に持たせています。作品の表面は一つの面ではなく、一定規則を持った棒の並びです。秩序のある配列は独特の視覚的パターンを生成し、重なる棒の間では明暗・対比が強調され、水紋のような独特の模様が表れます。観客の視点移動により模様が変わり、見る人が積極的に作品に没頭できることを期待しています。
 私は、棒材以外のステンレスの表面に鏡面化する作品も制作しています。光沢の表面には外の世界が投影されており、ステンレス自体の物質的な属性と、外部世界を映す非物質的な属性が対立しています。表面は、見る人を含む周辺の歪曲された風景を映し、見る人に新たな視覚体験をもたらします。それぞれの面に分割されたように非現実的な風景が映されますが、全ての面が一つにつながることで、分割された世界の全てがつながっていることを表現しています。
 作品制作ではよく使うパターンが幾つかあって、扇形パターンは正方形の断面を任意の点を中心に回転して作ります。らせんパターンは、扇形パターンを回転運動の軌跡に対して垂直に移動したもので、生成規則との組み合わせで多くの形に展開できます。また、以前のパターンに生成規則を重複して使用したり、他の規則を複合的に用いたりする複合パターンもあります。
 私がこうした作品を制作するのは、自然界の全てのものがつながっていて、一つの絶対的な基準では理解できないことを表現するためです。私は作品制作を通じて、自然の中に自分の存在と位置を理解し、それを表現しようとしています。今後も多様な経験を通じて思考を拡張させ、それらを基に制作を続けたいと思っています。

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