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2017年12月 8日 (金)

「米山月間に因んで」

10月12日卓話要旨
米山奨学生 朴(パク) 民洙(ミンス)さん

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   私は、東京藝術大学の博士後期課程に在学しています。日本留学は今年が5年目で、留学生としては最終年に当たります。彫刻作品を通じて考えや感情を表現しており、パターンの繰り返しによる無限構築というテーマで制作しています。
 この世界は自然の法則で動いており、われわれが意識しようがしまいが、自然は複雑性と規則性を持っています。人類は絶えず自然に対して、直感と分析を通じてその法則を究明しようと試みてきました。自然を対象とする探求意志は、自然の一部としての人間に内在されています。このような意志は、存在の根源と本質に対する接近であると同時に、人間の自己確認行為だと思います。自然は無限に多様な芸術の源泉であり、絶えず生成、成長、消滅を繰り返して動いています。それは、この世が有機生命体であることを証明しています。従って、われわれが存在する宇宙は、全体が巨大な有機生命体だといえます。
 自然の最も基本的な動きは回転です。地球は自転と同時に公転もしています。太陽系も天の川銀河の中心を公転しています。単純な一つの回転ではなく、回転が積み重なって独特のパターンの軌跡を描きながら動いています。自然はこのような事実を反映しており、動植物や雲の形などでは宇宙の動きに似た現象が頻繁に発見されます。われわれは、この世界に対して好奇心と畏敬の心を持っています。自然界の全ての現象は単独的に存在せず、有機的に緊密に結び付いています。また、そのつながりは一定サイクルで限りなく循環します。私は回転運動を基にしたパターンの規則的な組み合わせによって、始まりと終わりがなく、面の区分がない形を作品として制作しています。一つの回転運動のパターンから始まり、有機的な自然の本質に近づけるため、さまざまな回転運動の反映を試みています。
 一方、この世界は相対的なもので満ちています。上と下、光と影、善と悪、有限と無限などは同じ現象の表裏であり、どのような基準から眺めるかによって異なる認識が生まれます。紙には表と裏があり、その境を越えなければ裏面に到達できません。境は表と裏を区分する基準となります。両端をひねって表と裏を貼り合わせたメビウスの帯は、境があるにもかかわらず、表と裏の区分がありません。つまり、境界の意味がなくなり、矛盾した現象に合理性を付与します。私の作品では、角を境とする異なる面が存在しますが、一定規則の組み合わせにより、一つの面と一つの角だけを持つメビウスの帯のような構造になります。
 次に、金属に関する話です。金属は、瞬間的に熱を加えることにより、分離されていた状態から簡単に一つにつなげることができます。私の作品の一つは、金属の棒を空間上に並べたもので、これにより有と無という対立する性質を同時に持たせています。作品の表面は一つの面ではなく、一定規則を持った棒の並びです。秩序のある配列は独特の視覚的パターンを生成し、重なる棒の間では明暗・対比が強調され、水紋のような独特の模様が表れます。観客の視点移動により模様が変わり、見る人が積極的に作品に没頭できることを期待しています。
 私は、棒材以外のステンレスの表面に鏡面化する作品も制作しています。光沢の表面には外の世界が投影されており、ステンレス自体の物質的な属性と、外部世界を映す非物質的な属性が対立しています。表面は、見る人を含む周辺の歪曲された風景を映し、見る人に新たな視覚体験をもたらします。それぞれの面に分割されたように非現実的な風景が映されますが、全ての面が一つにつながることで、分割された世界の全てがつながっていることを表現しています。
 作品制作ではよく使うパターンが幾つかあって、扇形パターンは正方形の断面を任意の点を中心に回転して作ります。らせんパターンは、扇形パターンを回転運動の軌跡に対して垂直に移動したもので、生成規則との組み合わせで多くの形に展開できます。また、以前のパターンに生成規則を重複して使用したり、他の規則を複合的に用いたりする複合パターンもあります。
 私がこうした作品を制作するのは、自然界の全てのものがつながっていて、一つの絶対的な基準では理解できないことを表現するためです。私は作品制作を通じて、自然の中に自分の存在と位置を理解し、それを表現しようとしています。今後も多様な経験を通じて思考を拡張させ、それらを基に制作を続けたいと思っています。

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