« 「バギオ基金について」 | トップページ | 「忠臣蔵余話」 »

2018年1月19日 (金)

「藤井四段に見る才能の違いと将棋脳の活用法」

11月9日卓話要旨
将棋棋士九段(東京RC会員) 青野 照市 氏
(小林 勝義会員紹介)
1

 将棋棋士の世界はピラミッド構造であり、プロの下に奨励会という養成機関があります。私は15歳で奨励会に入ったのですが、現在は15歳で加盟しても99.5%はプロになれません。なぜなら、26歳までに四段(プロ棋士)にならないと、自動的に退会になるからです。奨励会全体で150~160人いるのですが、三段リーグを30人ほどで戦い、その中から半年に上位2人ずつプロ棋士になっていくという過酷な世界です。
 藤井聡太君は奨励会に9歳で入会し、14歳でプロ入りしました。また、彼はプロも参加する詰将棋解答選手権で、小学6年生のときから3年連続で優勝しました。詰将棋は計算能力があれば勝てますが、プロ棋士になるにはそれだけでは駄目です。
 私は奨励会に入って2~3年は、詰将棋を練習したり、他人の棋譜を覚えたりすることで順調に勝ち進みました。言語や計算を司る左脳の働きが優れていたのでしょう。しかし、想像力を司る右脳の働きが恐らく駄目だったのか、2年先輩の真部一男さんにはどうしても勝てませんでした。そのため、自分は左脳に偏り過ぎていると感じたので、絵や器を見たり、クラシック音楽を聴いたりして、感性を高めるようにしました。
 もう一つは、対局の記録係を進んで引き受けるようにしました。この仕事を敬遠して、棋譜のコピーだけで勉強する人もいましたが、記録をたくさん取った人の方が棋士になる割合が高いのです。プロ棋士のそばに一日中いて、自分が思った手をプロが指してくれると嬉しいですし、外れるとなぜ違うのだろうかと考え込みます。そのことが右脳を刺激したのだと思います。
 藤井君は詰将棋を解く能力も素晴らしいのですが、それ以上に他のプロ棋士が考え付かない手を考える点で素晴らしく、非常に才能のバランスが取れた棋士だと思います。過去、中学生でプロ棋士になったのは、彼の他に加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明しかいません。この4人は全て名人か竜王となっているので、藤井君も非常に期待できると思います。
 加藤先輩の引退で、私は関東のプロ棋士で最年長になってしまいました。弟子も随分取っているのですが、今年2月の朝日杯で優勝した八代弥六段は小学3年生の頃から、弱いながらプロも嫌がるような手を1局の中で2手ほど指していました。一方、とても頭の良い弟子もいましたが、左脳的な力はあっても、右脳的な力がないために、2年ほどで辞めてしまいました。特に、危機を感じるタイミングが遅いのです。
 「棋士は何手先まで読みますか」とよく聞かれます。10手先や15手先は読めますが、一つの局面で100通りの手があるとすると、2手先の可能性としては1万通り、4手先には1億通りの局面が存在します。ですから、計算ではどうしても手が読めません。結局は良い手の感触というか、第一感が大事です。奨励会を辞めてしまった子は、残念ながら第一感が弱かったのです。郷田真隆という棋士は対局後の振り返りで、相手から「この手はどうだったか」と聞かれ、「その手の先に幸せはないと思います」とよく答えていました。結局、幸せの濃度が見えるかどうかなのです。会社経営者にその話をすると、「私も同じです。新しい仕事が来たときに、もうかるかどうかを計算する前に、まず相手の顔を見て、この人と商売をすると幸せになれるかどうかを考えます。これを見誤ったら駄目です」と言っていました。
 10歳ぐらいから奨励会に入っていた人は、「その手の先は読まなかった」とよく言います。自分が得をする手は大体、駒の働きが悪くなってしまうから読まないのです。これはヤマ勘ではなく、長くその世界にいて、正しいルートを知っている人の勘なのです。恐らく右脳から発信されているのだろうと思います。私も10手や15手ぐらい先を読むと、たまに右脳と左脳がけんかすることがあります。そんなとき、左脳の計算だけの読みを信じて指すと、手が駒から離れた瞬間、背筋に冷水が流れる感じがして、「まずい」と思うことがあります。また、右脳はいくつになっても衰えないという研究があります。69歳で亡くなるまでトップに君臨した大山康晴名人は、「ここにこの駒があったら変だよね」という感想をよく口にしていました。つまり、画家がこの場所はこの色しかないという感覚で指す能力で晩年まで活躍できたのだと思います。
 AIとプロ棋士の対戦でも、プロ棋士なら絶対に指さない手をAIが指して負けることがあります。やはり人間の感性は素晴らしく、われわれは自分がいいと感じるものを大事にしていくべきだと思います。

|

« 「バギオ基金について」 | トップページ | 「忠臣蔵余話」 »