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2018年3月28日 (水)

「歯と全身の健康」

3月1日卓話要旨
黒田 昌彦 会員
(黒田歯科医院 院長)
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   今日は、歯の健康と肺炎、老衰の関係についてお話しします。日本人の死因を2005年と2015年で比べると、がんが1位、心疾患が2位なのは変わりませんが、3位は脳血管疾患から肺炎になりました。そして、老衰で亡くなる方が7位から5位に上がりました。
 なぜ肺炎で亡くなる方が増えてきたのでしょうか。肺炎で亡くなる人の96%は、65歳以上の高齢者であり、その多くが誤嚥性肺炎です。私たちが咀嚼(嚥下)するときには、喉の筋肉が働いて喉仏が上に上がり、空気が通る気管にふたをすると同時に、食道を大きく開ける役割をします。年を取るとこの筋肉が衰え、食べ物が気管に入ってしまうのです。気管に入った異物を排出しようとする働きは、年を取ると衰えます。ただ、水や食物が気管に入っても大したことはありません。食べかすがばい菌と一緒に入ることが大きな問題であり、これが誤嚥性肺炎の起こる大きな原因となります。
 そこで、耳鼻咽喉科の医師、西山耕一郎氏が提唱する嚥下体操を皆さんにお勧めします。日本人の死因ベスト3のうち、予防できる可能性が最も高いのは肺炎なので、肺炎を老化現象として諦めるのではなく、ぜひ試していただきたいと思います。
 皆さんが食べ物を口に入れた直後は全くきれいなのですが、歯の磨き残しが悪さをするのです。時間がたつと、食べかすがだんだん臭くなって、生ごみのようになります。これをバイオフィルムといいます。唾液でも流れませんし、10回~20回うがいしても取れません。そして、磨き残しを繰り返すと、バイオフィルムがだんだん硬くなり、歯ブラシでも取れなくなります。それを歯石といいます。食後24時間たつと歯石になりやすく、48時間たつと取れなくなり、1週間たつとどんなにうまく歯ブラシを使っても取れなくなりますので、その前に取ることが必要です。歯石の表面は軽石のようにガサガサしていますから、歯石ができると余計に食べかすがくっついて取れなくなり、雪だるまのようにだんだん大きくなっていきます。
 歯石を取る一つの方法は、電動歯ブラシに替えることです。私は電動歯ブラシに切り替えて15年ぐらいになります。当初の電動歯ブラシは極めて大きく、振動も大きかったのですが、今はかなり進歩してきて、6000円ほどできちんとした製品があります。フィリップスとブラウンが2大メーカーです。歯が抜けてしまってから後悔しないようにしてください。また、既に歯が抜けてしまった方は、ぜひ入れ歯をきれいにすることを心掛けてほしいと思います。
 日本歯科医師会では25年前から、「8020」といって、80歳で20本の歯を残すことを提唱しています。25年前は、80歳の人で平均8本しか歯が残っていませんでした。歯は全部で28本あるのですが、20本以上残っていると入れ歯を入れずに済みます。そして、今はようやく半分以上の方が「8020」を達成するようになりました。20本残っていると、健康寿命も延びます。実際、1990年~2015年の25年間で日本人の健康寿命は約4年延びました。
 しかし、2015年の平均寿命が83歳、健康寿命が73歳ですから、10年ぐらいの差があります。私はこの差を縮めたいのです。老衰死は2000年には約2万人でしたが、2015年には約9万人になっています。理想は、がんと心臓病と肺炎をなくして、老衰死ばかりになることです。今までは、どの学会も診療ガイドラインで治す医療を目標にしてきました。それが最近、「自分らしく生きる医療」へと変わっています。患者さんが望む最期の迎え方に協力する医療が望ましくなったのです。私は、最期までおいしく食べたいと思います。嚥下を行うには噛むことが大事であり、そのためには歯が必要です。歯がない人は、流動食になってしまいます。噛む動作がないと、脳に刺激が行かず、認知症が早まります。噛むことで、脳内で記憶を取り扱っている海馬という器官が活性化するのです。
 経管栄養といって、喉に管を通して栄養剤だけで生きている方や、胃ろうといって、胃に穴を開けてパイプを通し、胃に栄養を直接届けて生きている方がおられます。そういう姿になることを皆さんは望みますか。最期まで食べていたいと思うのは私だけでしょうか。口腔ケアは大事です。皆さんでできないことは、機械に頼ってください。ぜひ歯医者に行って、衛生士の指導を受け、歯石を取ってください。毎食後、歯磨きをしてください。そして、ピンピンコロリを目指していただきたいと思います。

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