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2019年2月18日 (月)

「裁判員裁判を中心とした刑事裁判の実際」

1月31日卓話要旨
公証人   栗原 正史 氏
(宗宮 英俊会員紹介)
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   私は調理師を9年、裁判官を27年務めた後、今は公証人をしています。裁判官としては、刑事ばかりを扱ってきました。その中で、裁判員裁判を60件以上担当したので、一応ベテランの部類に入っていました。
 裁判には、私が扱っていた刑事裁判の他に、民事裁判、家事審判、少年審判があります。裁判所の種類には、第1審の地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所、第2審の高等裁判所、第3審の最高裁判所という3段構えになっています。裁判官の数は、簡裁判事を含めて3843人ですので、希少な職種です。
 裁判員裁判では、第1審の地裁で扱う刑事事件のうち、死刑や無期懲役など法律で定められた一定の重い罪だけを扱っています。なぜなら、そうした犯罪の方が国民の関心が高く、社会的影響が大きいと考えられるからです。ただ、裁判員に危害が加えられる恐れのあるものや、長い時間がかかるものについては除外することになっています。数でいうと、平成21年に始まって以来、全国で毎年約1000~1700件の裁判員裁判が行われています。刑事事件全体は7000~9000件といわれているので、これはかなりの割合です。
 裁判員裁判は司法制度改革の一つとして始まりました。平成11年に司法制度改革審議会が設置され、司法制度改革の三つの柱として、「国民の期待に応える司法制度」「司法制度を支える法曹の在り方」「国民的基盤の確立」が掲げられ、刑事訴訟への新たな参加制度を創設すべきだとして始まったのです。その後何度か改正がありましたが、ようやく軌道に乗った運営をしています。
 主に英米法の国では陪審制が、大陸法の国では参審制が行われています。どう違うかというと、陪審制では陪審員だけが裁判をするのに対し、参審制では裁判官と裁判員が一緒に裁判をします。どちらかというと、日本の裁判員制度は両方を足して2で割ったような感じです。裁判員制度は、国民が裁判に加わることによって国民の司法に対する理解を増進し、長期的に見て裁判の正当性に対する国民の信頼を高めることを目的にしています。
 裁判員は有権者から選任することになっていますが、70歳以上の人、学生、病気の人などは辞退することができます。「裁判も法律も知らないのに、裁判員などできるのか」と言う方が多いのですが、心配無用です。というのも、法律の専門家と司法関係者は元々排除されています。法律のことは裁判官がやるので、裁判員には事実の認定と量刑に知恵を絞っていただきます。
 量刑を決めるのは、簡単に見えてなかなか大変です。刑罰の考え方の中核をなすのは「目には目を」という考え方で、刑罰は応報だと考えられているので、刑罰は行為に見合ったものであることが大前提になります。「そうはいっても、大体の量刑相場はあるだろう」とよく聞かれます。事件は千差万別ですが、同じような事件は同じような結論でないと不公平なので、大枠の範囲内でとどめなければなりません。そこで、われわれの世界では「量刑検索システム」といって、似たような事件をデータベース化して量刑を決める参考にしています。
 それでも、「裁判員裁判で決めた刑が高裁でひっくり返されるではないか」という批判があります。高裁や最高裁は裁判官だけで裁判をしていますが、せっかく国民の声を反映した判決を破棄することがあります。それは、司法の世界では民主制だけが正しいわけではなく、多数決原理に親しまない部分もあるからです。その一つが合理性であり、公平性です。特に死刑については、不公平な死刑は絶対に避けなければなりません。死刑以外については、第1審で行われた裁判員裁判の結論がほぼ維持されています。
 「辞退者が非常に多いと聞くが、一般人には重荷なのではないか」ともいわれます。報道によると、平成21年には83.9%の人が裁判の呼び出しに応じたのですが、平成28年には約60%に落ちました。ただ、われわれは皆さんのご負担を前提にしながらも、メリットを感じています。それは、裁判官だけで議論しているのとは全く違う観点からの意見を頂くので、非常に参考になることが多いからです。
 引き受けたものの、途中で精神的負担に耐えられなくなった場合、辞めることはできるのかという質問を受けるのですが、辞めることはできるので心配は要りません。刑事裁判では刺激的な証拠に触れることがあるので、メンタルケアの体制も整備しています。

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2019年2月12日 (火)

「映画づくりはひとづくり、まちづくり」

1月24日卓話要旨
映画監督  瀬木 直貴 氏
(久保田 忠義会員紹介)
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   私の映画の原体験は、東宝のゴジラシリーズです。私のふるさとである四日市市は、実はゴジラによって最も破壊された街なのですが、4~5歳のときにゴジラの映画を見にいくと、見慣れた風景が銀幕に映っているのをとてもいとおしく感じたのを覚えています。小中学校ではアニメなどを見に行ったりする程度で、特に映画業界との接点はありませんでしたが、立命館大学に進学し、東映太秦映画村でアルバイトを始めたのをきっかけに、映画業界に接することになりました。
 私は新聞記者になりたかったのですが、就職活動で6社受けて全て落ちました。勉強もしていませんでしたから当然です。それで、やはり映画の世界に行きたいと思い、2年半だけ東映のグループ会社に勤めました。それ以降はフリーランスの立場で監督業をなりわいとしています。
 映画は、1秒間に24枚の写真が映っているのと同じです。映画には、人の心をかきたてる秘密が何かあるのではないかと思い、映画業界に入って30年が過ぎました。監督はライセンスが必要ではないので、誰でも映画監督を名乗ることができます。ただ、周りが認めるかどうかは別問題です。私たちがついていた監督が病に倒れたのをきっかけに、26歳のときにいきなり監督になるチャンスが巡ってきました。
 私は今まで17本の商業映画を撮ってきました。現在は地方創生ムービープロジェクトを展開していて、最新作は川栄李奈主演で、大杉漣さんの遺作となった「恋のしずく」です。
 映画館の観客動員は、昭和28年ごろの約11億人をピークに現在は1.8億人まで減っていますが、公開本数はかなり増えています。しかし、スクリーン数は横ばいなので、公開本数が増えると映画1本当たりの公開期間が短くなります。すると、1本当たりの映画に触れる人の数が減り、今ではその平均は15万人です。つまり、15万人が見たら大ヒットになるのです。
 日本映画の制作費は1億~2億円ぐらいかかっていますが、私は6000万~8000万円という低予算で作っています。しかもオリジナル作品なので、ベストセラーやコミックなどの原作メリットがなく、告知する機会がありません。また、オールロケで撮っていることが多いです。このように、オリジナルストーリー、オールロケ、低予算の三重苦なので、皆さんは私の映画を見たことがないのです。
 私は今まで、「ラーメン侍」「カラアゲ☆USA」「春色のスープ」などグルメ系の映画を多く作ってきました。食べ物は世界中で親近感のあるテーマです。また、人口減少時代においてどのように人口を増やすか、雇用を創出するか、地域にお金が環流する仕組みをつくるかという地方創生においても、食べ物は商品化がしやすく、なじみやすいのです。私は、和食がユネスコの世界文化遺産に登録されたタイミングで、「恋のしずく」を作ろうと考えました。
 お酒というのは米と水がであって、神様がそこに降りてきて生まれたと考えられていました。それと重ね合わせるように、男女が出会い、神様の仕業で恋が生まれるというふうに、酒と恋の物語にしようと思ったのです。この映画は、東広島市西条という町で撮影したのですが、西条駅前に現役の酒蔵が七つ建っています。こんな町は日本全国探してもここにしかありません。地方創生で交流人口を増やしていくために県外から人を呼び込もうと地元を説得し、皆さんと手を携えて映画を撮ることにし、昨年秋に公開しました。
 この映画はJR西日本のデスティネーションキャンペーンで取り上げられ、大阪、広島、岡山駅などでフェアが行われています。また、映画をフックにして商品化が始まり、酒蔵巡りのパスポートや酒器を作りました。「恋のしずく」「鯉幟(こいのぼり)」というお酒を地域の酒蔵や酒販店と開発しました。「恋のしずく」の直接経済効果は、昨年12月末時点で約1億7000万円あり、2億円は超えるといわれています。広告効果は少なく見積もっても5億円以上です。それにより、「第9回ロケーションジャパン大賞」で審査員特別賞を頂きました。昨年は西日本豪雨があったので、復興の象徴としてこの映画が評価されました。公開後の11月には、東広島市の観光客数が過去最高になりました。
 私はこれからもオールロケ、オリジナル作品、低予算で、映画を小さく作って大きく広げることを地道に続けていきたいと思っています。

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2019年2月 5日 (火)

「ボランティアと地域(コミュニティ)力」

1月17日卓話要旨
元三菱UFJ信託銀行 副社長 鈴木 祐二 氏
(福岡 正人会員紹介)

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    私は銀行を退職後、ボランティアの企画・コーディネートをしています。ビジネスは十分にやったので、今は社会への恩返しのステージにあると考えたからです。新しいこと、実務を伴うことは努力が要りますし、少しでも早く始めないと役に立たないと思いました。現在、杉並区の公立中学校の学校運営協議会長を務めていて、土曜授業の世話やプロが部活動を指導する機会をつくる支援などをしています。児童養護施設からの進学者支援にも取り組んでいます。
 また、子ども食堂や学習支援の会をボランティアで
行っています。子どもの貧困には二つの定義があり、一つは衣食住に事欠く絶対的貧困、もう一つは相対的貧困です。相対的貧困は、1人当たり可処分所得の中間値の半分に満たない状態を指し、13.9%が該当します。子どもにとっては貧しいことよりもみんなと同じことができないことの方が気になり、それが孤立感につながるので、私はこちらの方が気になっています。
 日本のひとり親家庭の比率は10%を超え、その相対的貧困率は50%を超えます。また、母子家庭の就業率は80%を超え子どもは家でひとりぼっちになりがちです。「孤食」という言葉がありますが、「食」への対応であれば不足する栄養の提供ですから行政の責任だと思います。しかし、私は「孤」の方にウエートを置いていて、ひとりぼっちの子に対し楽しさやにぎわい、居場所をつくるお手伝いをしています。「孤」の問題はどちらかというと心の問題ですから、行政ではなくボランティアで担うのがふさわしいと思います。
 われわれは、子ども食堂を大きな寺で行っています。場所さえあれば、あとはソフトウエアがあればいいので、児童館、民生委員、高齢者施設、学校、大学生、その他の地域の人々を集めてチームを作りました。このチーム作りが大事で、多種多様な人々が集まると力が出ます。そして、この子ども食堂を、同じ場所で小学生対象の寺子屋につなげました。ボランティアの人には「教えようとしないでください」とお願いしています。「援助」や「教える」という目線では子どもたちが来なくなることもあるので、子どもの目線に合わせることはとても大事です。この寺子屋は、いろいろな世代の人が子どもたちと対等な立場で一緒にいて、ひとりぼっちではない風景をつくることがベースになっています。今は保護者も教員もみんな忙しく、責任も重いので、そこに少し緩い立場にいる第3の大人がそばにいることに意義があると思っています。
 もう一つの例は、「ゆうゆう館」という高齢者向け施設での取り組みです。「シニアシェフとキッズシェフのひるごはん」といって、地域の高齢者と小学生が一緒に料理をして食べたり、地元の中学生を対象に「Café勉」という軽食付きの学習支援を行ったりしています。
 以前から周りにいる大人達が子ども達の為に一歩踏み込むと、お互いに仲間意識が生まれるのを実感しています。ソサエティ(社会)の語源はソキウス(仲間)です。ただ住んでいるだけでは社会でもコミュニティでもありません。コミュニティとは顔の見える社会のことであり、お互いが困っていることをカバーする治癒力や活性化する力があります(=地域力)。薄らいでいく地域力を再生する為、先ず何も無い所からでもボランティアを始め、そこから地域社会を掘り起こす。それが又ボランティア活動を担う力となると云う相互循環を引き起こそうとしているのです。
 これからはボランティアの担い手に変化が生じるでしょう。作業する人は山のようにいますが、プロデューサーが足りないのです。そこにビジネス能力のある現役が入ってくることを期待しています。今は第4次産業革命によって作業から解放され、時間的・空間的選択の自由度が高まっており、現役時代は仕事が全てで定年後に趣味やボランティアをするという時代は変わりつつあります。自分がやりたいことの中で、何をビジネスとして、何をボランティアとして、何を個人の趣味として取り組むかというバランスを取って、日常活動を多面的に行うビジネスパーソンが増えるでしょう。
 ボランティアには、次世代への恩送りができる楽しさ、地域を再活性化する楽しさ、新たな良き友に出会うことなど、多くの無形の報酬があります。昨年11月にはNPO法人を設立しました。これを機に、さらに領域を広げていこうと思っています。

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