「裁判員裁判を中心とした刑事裁判の実際」
1月31日卓話要旨
公証人 栗原 正史 氏
(宗宮 英俊会員紹介)
私は調理師を9年、裁判官を27年務めた後、今は公証人をしています。裁判官としては、刑事ばかりを扱ってきました。その中で、裁判員裁判を60件以上担当したので、一応ベテランの部類に入っていました。
裁判には、私が扱っていた刑事裁判の他に、民事裁判、家事審判、少年審判があります。裁判所の種類には、第1審の地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所、第2審の高等裁判所、第3審の最高裁判所という3段構えになっています。裁判官の数は、簡裁判事を含めて3843人ですので、希少な職種です。
裁判員裁判では、第1審の地裁で扱う刑事事件のうち、死刑や無期懲役など法律で定められた一定の重い罪だけを扱っています。なぜなら、そうした犯罪の方が国民の関心が高く、社会的影響が大きいと考えられるからです。ただ、裁判員に危害が加えられる恐れのあるものや、長い時間がかかるものについては除外することになっています。数でいうと、平成21年に始まって以来、全国で毎年約1000~1700件の裁判員裁判が行われています。刑事事件全体は7000~9000件といわれているので、これはかなりの割合です。
裁判員裁判は司法制度改革の一つとして始まりました。平成11年に司法制度改革審議会が設置され、司法制度改革の三つの柱として、「国民の期待に応える司法制度」「司法制度を支える法曹の在り方」「国民的基盤の確立」が掲げられ、刑事訴訟への新たな参加制度を創設すべきだとして始まったのです。その後何度か改正がありましたが、ようやく軌道に乗った運営をしています。
主に英米法の国では陪審制が、大陸法の国では参審制が行われています。どう違うかというと、陪審制では陪審員だけが裁判をするのに対し、参審制では裁判官と裁判員が一緒に裁判をします。どちらかというと、日本の裁判員制度は両方を足して2で割ったような感じです。裁判員制度は、国民が裁判に加わることによって国民の司法に対する理解を増進し、長期的に見て裁判の正当性に対する国民の信頼を高めることを目的にしています。
裁判員は有権者から選任することになっていますが、70歳以上の人、学生、病気の人などは辞退することができます。「裁判も法律も知らないのに、裁判員などできるのか」と言う方が多いのですが、心配無用です。というのも、法律の専門家と司法関係者は元々排除されています。法律のことは裁判官がやるので、裁判員には事実の認定と量刑に知恵を絞っていただきます。
量刑を決めるのは、簡単に見えてなかなか大変です。刑罰の考え方の中核をなすのは「目には目を」という考え方で、刑罰は応報だと考えられているので、刑罰は行為に見合ったものであることが大前提になります。「そうはいっても、大体の量刑相場はあるだろう」とよく聞かれます。事件は千差万別ですが、同じような事件は同じような結論でないと不公平なので、大枠の範囲内でとどめなければなりません。そこで、われわれの世界では「量刑検索システム」といって、似たような事件をデータベース化して量刑を決める参考にしています。
それでも、「裁判員裁判で決めた刑が高裁でひっくり返されるではないか」という批判があります。高裁や最高裁は裁判官だけで裁判をしていますが、せっかく国民の声を反映した判決を破棄することがあります。それは、司法の世界では民主制だけが正しいわけではなく、多数決原理に親しまない部分もあるからです。その一つが合理性であり、公平性です。特に死刑については、不公平な死刑は絶対に避けなければなりません。死刑以外については、第1審で行われた裁判員裁判の結論がほぼ維持されています。
「辞退者が非常に多いと聞くが、一般人には重荷なのではないか」ともいわれます。報道によると、平成21年には83.9%の人が裁判の呼び出しに応じたのですが、平成28年には約60%に落ちました。ただ、われわれは皆さんのご負担を前提にしながらも、メリットを感じています。それは、裁判官だけで議論しているのとは全く違う観点からの意見を頂くので、非常に参考になることが多いからです。
引き受けたものの、途中で精神的負担に耐えられなくなった場合、辞めることはできるのかという質問を受けるのですが、辞めることはできるので心配は要りません。刑事裁判では刺激的な証拠に触れることがあるので、メンタルケアの体制も整備しています。
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