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2019年7月23日 (火)

「注目のシベリア」

5月23日卓話要旨
ジャーナリスト 小林 和男 氏
(鈴木 一行会員紹介)
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 私は4月に、シベリア鉄道に乗って、ウラジオストクからモスクワまでの約9300kmを2週間かけて旅をしました。その中で、ロシアはモスクワだけを見ても知り得ない側面がまだまだ多いと強く感じました。ロシアは今、プーチン大統領の政策の中で、極東地域は国の将来にとって大きな役割を果たす場所であるとして重点を置いていますが、この旅の出発点であるウラジオストクは大変貌を遂げていました。
 ロシア人は無類の博打好き、酒好きとして知られていますが、ソビエト連邦の崩壊後、真っ先に栄えた産業は博打場、つまりカジノでした。ホテルや映画館、果てはオリンピックプールの一部までもがカジノになり、モスクワには一時400軒、サンクトペテルブルグにも400軒ものカジノが雨後の竹の子のように出現し、4万人を雇用する大産業になりました。エリツィン大統領時代にはこれらのカジノが非常に栄えましたが、一方でそれによるさまざまな社会問題も起きました。
 そこで、エリツィン氏に代わって2000年に大統領に就任したプーチン氏は、カジノについて驚きの方針を打ち出しました。カジノを自由に営業できるカジノ特区に、極東、ウラル・アルタイ、ロシア南部、カリーニングラードの4地区を認定し、その代わりにモスクワやサンクトペテルブルグなどの大都市ではカジノを禁止しました。大都市でのカジノは既に大産業になっていて、その筋の人間や関係議員など多くの人たちの利害が絡んでいるので、ロシア国民は当初、「いくらなんでもできるわけがない」とせせら笑っていました。
 しかし、2007年7月にこの政策は敢行されました。プーチン氏に求心力があり、恐れられてからこそ出来た荒技です。プーチン氏のやり方は非常にドラスティックで、それ故に敬遠される面もあるのですが、そのおかげで現在のウラジオストク郊外には、将来ラスベガスを超えそうな勢いの大カジノ、アミューズメントパークができています。ウラジオストクは「博打を求めて人が集まる所に産業が発達する」というプーチン氏の発想の見本のような街になり、湾内のルースキー島は国際大学、会議場、ホテルが整備された大国際都市になっています。
 ウラジオストクで最も驚いたのは、かつて共産勢力に破壊された、かの有名なニコライ2世凱旋門が復活していたことです。この旅で初めて知ったのですが、ロシアでは他にも帝政時代のものがどんどん復活しているのです。
 ウラジオストクを出発して、幾つもの川が結氷した美しい風景が延々と続く中、最初に到着したのはウラン・ウデでした。アイヌ民族と同族の人たちが暮らしていて、チベット仏教の本山があります。ウラン・ウデを首都とするブリヤート自治共和国はちょうど日本と同じぐらいの広さで、何もないだだっ広い所に見事な仏教寺院が建っていました。モンゴルからはバスで10時間かかるのですが、敬虔な仏教徒が観光バスで大勢やってきていました。
 そこからは客車を蒸気機関車に連結しバイカル湖に向かいました。バイカル湖は世界一透明度が高く、世界自然遺産にふさわしく素晴らしい湖でした。このときは浮いた氷の塊の上で跳び回りましたが、半日後にはすっかり氷が解けていました。シベリアの太陽の力に驚いた体験です。観光客はドイツ人が最も多く、フランス人、イタリア人、スペイン人が続き、何とニュージーランドやオーストラリアからも多いそうです。
 この旅で印象的だったのは、ロシアが古いものを復活させていること、そこに新しい産業を興そうとしていること、その注目点になっている場所が極東であるということです。プーチン氏の日本に対するアプローチからも、そうした真意が見えてきます。やはりロシアの将来は、広大なシベリア以東が鍵を握っているということを念頭に置いて政策を進めているのだと思いました。
 私は以前、プーチン氏に長いインタビューしたことがあるのですが、それができたのは私に友人が多くて、信用してもらえたからです。会ってみないと分からないのがロシアだと思いました。ロシアという国を判断する前に、ぜひロシアに行ってロシア人に会い、ロシアのご飯を食べ、じかにロシアに触れる旅をしてみてください。旅は人を結び付けると同時に、報道ではわからない新しい目を開かせてくれると思います。

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