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2019年7月23日 (火)

「いま持っている株は手放しなさい!」

6月6日卓話要旨
株式会社ティーモデルアイ代表取締役 塚澤 健二 氏
(清水 宣夫会員紹介)
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 株価の急落は半年ごとに起きています。昨年1~3月に「VIXショック」と呼ばれる急落が起き、昨年10~12月にも起きました。しかし、下げ幅が大きかったにもかかわらず原因が分からないので、名前がありません。直近では今年5月から起きていて、次は今年秋か年末ごろと予想されます。暴落と急落は異なるものであり、急落は下がっても元に戻りますが、暴落は一度下がり始めると止まりません。今年秋から年末に予想される急落は、ひょっとすると暴落の始まりになるかもしれません。
 VIXショックは、米国の長期金利上昇がきっかけでした。昨年10月の急落も米国の金利上昇が原因でしたが、12月の急落では金利が下落する過程で株価が下落しました。これ以降、市場関係者は下落の背景が分からなくなり、上昇する理由も分からなくなったので、とんちんかんなことを言い始めています。それが暴落の引き金となる可能性があります。
 世界は今、金融緩和の状態です。伝統的な緩和策の一つは金利を下げる方法です。米長期金利が下がる過程で、ニューヨークダウは上がっていきます。2016年まではそういう形でしたが、今は乖離しています。つまり今回は、金利引き下げで株価が上がっているわけではないのです。もう一つの策は量的緩和です。FRBの資産は2014年12月以降減っていますが、2016年10月以降は逆に株価が上がっています。つまり、伝統的な二つの緩和策が全く使われていない中で今回は株が上がっているのです。FRBの金利下げを市場関係者は歓迎していますが、私は下げたら株が暴落すると考えています。これは世間の見方と真逆です。
 今は米国のイールドスプレッド(10年物の利回りと2年物の利回りの差)が小さくなっています。実はこれが第3にして最後の緩和策なのです。昨年の2回と今年5月からの株価急落は、金融緩和の中で一時的に引き締めが起き、イールドスプレッドが拡大したことが原因です。5月5日にトランプ大統領が中国からの輸入品2000億ドル相当への関税引き上げを表明し、株価が下がりましたが、それはきっかけにすぎません。一時的な引き締めであり、また緩和されれば株価は戻ります。ですから、今ぐらいが最後の買い場であり、秋以降に株を手放すべき場面が到来します。秋には英国のブレクジット問題やドイツ銀行の問題も余談を許さなくなるでしょう。ドイツ銀行がつぶれると、世界中の金融が混乱しますから、ドイツ銀行の株価をチェックするといいと思います。
 それから、ドル建ての日経平均株価は、米ナスダック指数と連動しています。今は乖離していますが、重なるときが来ます。重なると、株価が上がっているときは下落に向かいます。ですから、これから夏の参院選ぐらいまでに2万4000円台まで上がって重なり、その後は下落するはずです。そうなると怖いと考えるといいでしょう。
 それを操作しているのが外国人投機筋です。彼らは直近で過去最低ぐらいまで日本株を売っていますが、また買い上がってくるので、ここを買っておけば株価は上がります。彼らが2014年まで日経平均を動かしていたわけです。2014年以降乖離しているのは、アベノミクスでGPIFと日銀のETFの資金約60兆円を株式市場に入れたからです。そうでなければ日経平均は8500円になっていたはずです。あれから5年たっているので、GPIFもETFも今秋には何か変更が起こり、これが株を暴落させる可能性があるので、注目すべきです。とにかくいろいろなことが今秋以降、非常に危険な時間帯を迎えます。
 人手不足も、人口減少によって起きているのではなく、60兆円の資金を日本の株式市場に投入したことによってつくり上げられたものです。今後、株価が暴落すると、有効求人倍率は急落して人余りになります。つまり、アベノミクスはそういう状況になるまでに6年間の猶予をくれたことになり、われわれはその間に何をしていたかが問われることになるわけです。
 日銀は、株価を支えるために年間6兆円のETFを買っていますが、日経平均が1万8400円まで下がると日銀のETFは簿価割れになります。1万7700円まで下がると赤字に転落します。1万1700円まで下がると債務超過になります。ですから、結局は自分の首を絞めることになりかねません。外国人が売り崩しを狙ってくるときにはこの三つの数字をターゲットにしてくるので、皆さんもこれらの数字を覚えておいてください。

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