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2019年11月12日 (火)

「米山月間に因んで」

10月3日卓話要旨
「米山月間に因んで」
米山奨学生 田 勝圭さん
(髙柳 憲嗣会員紹介)
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 卓話の前に、簡単な自己紹介をさせて頂きます。私は今年27歳で、出身はソウル生まれ、ソウル育ちのジョン・スンギュといいます。2012年から2014年まで兵役に就いた後、2017年4月に明治大学に入学し、今年4月に米山奨学生に選ばれました。今日の卓話に関しては予め取り組んでおり、二つの理由に従ってテーマを決めました。まず、米山記念奨学会の理念に基づいているためです。そして、私自身が外国人として客観的に比較できる素材であるからです。異文化理解について語る前に、歴史の事例を鑑みていきましょう。結論から言うと、異文化理解の誤りは、大きな結果をもたらします。例えば、豊臣秀吉による朝鮮出兵では、小西行長ら率いる日本軍は朝鮮半島に上陸してわずか1週間で朝鮮中央部の漢陽(ハンヤン、現在のソウル)を占領しました。日本軍の快進撃を前に朝鮮政府は、「小西軍の食糧は1カ月分しかないから、1カ月間取り囲めば勝てる」と判断していたのです。しかし1カ月後、朝鮮軍は敗北しました。これは日本軍の食糧の量を読み間違えたからではありません。敗因は、当時の韓国人の食事量が、現代の韓国人の2倍、当時の日本人の3倍にも上ったからです。つまり、朝鮮政府が1カ月分しかないと判断していた食糧は、実際は日本軍にとって3カ月分もあったのです。もしも当時の朝鮮軍が日本文化をきちんと理解していれば、結果は変わっていたでしょう。
さて本題ではありますが、真の異文化理解とは何でしょう。まず、異文化理解とは、複数の文化があるということを前提に、自分の文化とは異なる文化を理解して解釈しようと努力することをいいます。それゆえに、文化相対主義の観点、言い換えれば、他者への理解と容認する態度が必要になります。ただ、注意しておきたいのは、全てを認めてしまうと倫理的な問題が発生してしまうことです。アフリカでは死体を食べると死者の魂が自分の体に宿ると信じられています。或いは、女性や児童への虐待、身体棄損などの風習や文化を持つ地域もあります。そのため、全てを容認するのではなく、部分的な相対主義観点が求められます。
 最後に、異文化理解に関する私の経験を取り上げさせて頂きます。元々私は、日本と韓国をつなぐ懸け橋になりたいという目標を設定し、留学を決めました。とはいえ、私は日本に来て多くの試行錯誤を経験してきました。日本に来た当初、私自身は馴染めない外国人、頑固な韓国人という色眼鏡で見られていると感じていました。一方、外国人だから差別されていたのではなく、私自身の勘違いのせいだったと言わざるを得ません。そのような経験を含め、幾つか指摘されたことがありました。最初は早口に注意することでした。自分ではそのつもりはありませんでしたが、早口だという指摘をよく受け、指摘は話し方だけでなく、話法にもポイントがありました。例えば喫茶店での支払いで、以前おごってもらったから今度は自分が払おうと思って「俺が出すからいいよ」と言った時、後日友人から「なぜ怒っているのだろうと思った。」という素直なフィードバックも頂きました。加えて日本社会での相手の話を聞いて察する文化が韓国と真逆だと感じました。まずは相手の話を聞いて、反論する前にもう一度相手の立場で考えるのです。韓国でも相手の言い分を察しないわけではありませんが、納得できないところがあれば、直接相手に言います。アルバイト先の先輩に「こっちの方が効率的ではないですか」と話すと、「日本人はまず相手の話を聞き、それを聞いた上で相手の立場で考える。それが日本社会だ。」と言われました。それから、語彙と表現の使い方とニュアンス的理解を深めることも大事だと考えざるを得ませんでした。例として、私は韓国が早急に経済発展してきたことを「まぶしい経済成長」という言い方をしましたが、日本では「輝かしい経済成長」という表現が正しいのです。このニュアンスの違いが、私には非常に難しいのです。対策として新聞を読んだり友人に聞いたりして、語彙力を磨いています。
 以上のように、話し方や話法、察する能力、語彙やニュアンスへの理解を身に付ける努力を積み重ねても、日本人と触れ合う経験がなければ意味がありません。私の留学はまだ2年に過ぎませんが、実際に異文化理解を実践していけば、日本と韓国だけでなく、世界各国どこでも理解し合うことができると確信しました。したがって、これからも異文化理解をより深め、切磋琢磨していきたいと思っています。

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