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2020年3月31日 (火)

「マンドリン演奏でみんなを元気に─慰問活動のお話と演奏」

2020130

1月30日卓話要旨
マンドリンアンサンブル志木会 代表 加藤 裕樹 氏
(荻原 弘幸会員紹介)
 
 われわれマンドリンアンサンブル志木会は、メンバー全員が慶應義塾志木高校マンドリンクラブのOBです。私が高校に入った頃は音楽系クラブが少なかったのですが、昭和39年のちょうど東京オリンピックの年に、数人の同期でマンドリンクラブを創立しました。
 高校を卒業し、ほとんどのメンバーは楽器から離れていましたが、4年ほど前に母校でマンドリンクラブの第50回記念定期演奏会が催されました。そのときに、高校生だけでなくOBもステージに上らないかという話が出て、創成期のメンバーだけで指のさび落としを始めました。そして、演奏会が終わっても久しぶりの楽しい緊張感が忘れられず、そのままアンサンブル結成へと至ったのです。
 われわれが使う楽器は、マンドリン、マンドラ、ギターの3種類です。中でもマンドリンはファーストとセカンドに分かれて異なるメロディを演奏しているので、全部で四つのパートでの演奏となります。
 ご存じのことかと思いますが、数え年70歳を「古希」といいます。この言葉は杜甫の詩「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」から来ています。しかし、人生100年時代を迎えた今、もはや70歳は古来稀な存在ではありません。それよりも、老人としての入学式に当たる節目の年代になったのだと思います。従って、当会総勢10名の「アラ古希」メンバーは、これから世のため、人のため、役に立っていくべき役割を担い、そのスタート地点にいるのだと認識しています。
 われわれは楽器演奏の経験を生かし、老人ホームを訪問して童謡や歌謡曲、演歌などを演奏する活動を続けており、ホームの皆さんに楽しんでいただいています。この活動はアンサンブル結成後、練習を続けていたときに、「誰かに聞いてもらう機会があるといいよね」とメンバーで話していたら、老人ホームで慰問演奏というお話があったので、始めたのが最初でした。
 老人ホームで演奏する曲目はいろいろな要素で決めているのですが、選定には非常に気を使っています。一番重要なのは、みんなの演奏技術の身の丈に合った曲であることです。われわれのレパートリーは50曲ほどありますが、その中でも上手に弾ける曲もあれば、練習しても微妙な曲もあります。どうしてもうまくいかないときは、その曲の出番はどんどん少なくなってしまいます。
 最初はホーム入居者の年齢を考慮し、古い曲の方が喜ばれるだろうと考えて演奏していましたが、最近は戦前の歌は知らないと言われる方が増え、「君といつまでも」「昴」など昭和後期や平成の唄が喜ばれています。他にもシーズンに合わせて曲を選んだり、水害の直後には川にまつわる曲を避けたり、「千の風になって」のような歌詞のものは避けるといった配慮もしています。
 また「真珠とりの唄」のように、元々はオペラの曲だったものをタンゴ調にアレンジしてヒットした曲など、リズムのいい曲もよく演奏します。お年を召した方は体の動きが自由ではないことも多いですが、懐メロやリズムのいい曲には体を揺らしながら楽しんでくださる方も多くいらっしゃいます。その他の曲でも、最初はどこを向いているか分からなかった方も、歌ったり聞いたりしているうちにだんだんわれわれの方をしっかり見るようになったり、手拍子するようになったり、明らかに意識が上向いてくるという実感があります。そういった反応を見ると、やはり音楽を聴くことで元気になるのだなと、われわれにとっても励みになっています。
 高齢者の方に歌っていただくのが本当の目的なのですが、この活動はわれわれ自身のためにもなっています。まず、遠くなってきた目で楽譜を追い掛け、メンバーの奏でる音を聞きながら指を早く動かすことは老化防止に役立っています。それから、50年前には同窓生でしたが、その後は全く異なる道を歩んできた10人が心を合わせてワンチームとして合奏するので、精神的な老化防止にもなっています。
 近いうちにわれわれも居住者側になって、聞いたり歌ったりすることになるでしょう。しかしそれまでの間は演奏者側に座って、皆さまに楽しんでいただき、元気を差し上げ、そしてわれわれもそのパワーを頂戴していけたらと思いながら活動を続けています。もしもこの地域の老人ホームからご要請がありましたら

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