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2021年7月 6日 (火)

「職業奉仕について」

4月15日卓話要旨
地区職業奉仕委員長 比留間 孝司 氏
(東京武蔵村山ロータリークラブ)

2021415
本日は伝統ある東京神田RCで卓話の機会を頂戴しましたこと御礼申し上げます。職業奉仕月間にちなんで、本来は昨年4月に地区研修協議会の部門別セミナーにて委員長として話す予定でいた内容を、少し膨らませつつお話ししたいと思います。
職業奉仕では、各人の職業倫理の向上、価値のある職業は相互に尊重すること、そして、各クラブにおいて、各人の職業上の手腕を社会に向けて発揮するためのプログラム・プロジェクトと会員の積極的な参加、という三つのポイントが挙げられます。  
まず申し上げたいのは、クラブの会員卓話やクラブフォーラムで積極的にご自身の職業のあり様を語って頂き、職業人としてのあり方を考える機会を持って頂きたい、ということです。
私自身を振り返ると司法書士という仕事柄、異業種交流会等にも参加しました。それはもちろん有意義でしたが、ただ、自分の心の奥に沈んでいるものをぐいっと引っ張り上げて自分のあり様を考えるような機会にはなりませんでした。
一方、ロータリーならではの「親睦」が私を鍛え育てくれたのではないかと思っています。米山梅吉翁は「ロータリーは人生の道場だ」と、又、パストガバナーはじめ諸先輩方は「例会は忙しい職業人が集まって一定の時間同じ空間を共有する、そこから得る something がある」と、仰っていました。
数年前、地区米山委員長を務めて以来、学友たちとはその後も交流の機会を持っていますが、香港の衛星テレビの東京支局長を経て大学の教鞭をとっている方曰く「自分にとってロータリーとは何だったのか。最近思うのは、限られた時間と空間の中に様々な職業観、社会観、人生観が凝縮されていること。その空間と時間が温和に反復継続されていくことで、そこにある職業観、社会観、人生観が研ぎ澄まされて深くなっていく。こういったものは案外あるように思えて他に無い。色々な人と話し、話を聞かせて頂いたこと。それがジャーナリストとして、教育者研究者としての自分の基盤を築いてくれた。」これはまさにロータリーにおいて
 職業が磨かれるということが、広く普遍性を持っているということだと思われます。
 時にロータリーの奉仕分野は一本の大きな木で語られます。根っこが親睦・会場運営・ロータリー情報も含めたクラブ奉仕。幹が職業奉仕、そこから上に伸びる枝葉が、社会奉仕・青少年奉仕・国際奉仕。一本の木の中で全てが有機的な関連を持っています。
そこで皆さんには、ご自身の立場からご自身のロータリーへの関わりやお考え、職業人でありなおかつロータリアンであることの喜びを忌憚なく語り合い、クラブ内で親睦をベースに共有して頂ければ、非常に有機的な、決して一人よがりにならず、地に足のついた血の通った職業奉仕論ができると思います。 
ポール・ハリスが著作にて引用する「インドスタンの6盲人」というエピソードがあります。これは目の不自由な方が象に触れた印象を6人6様に語ったという寓話ですが、1人1人正解であるがゆえ別の正解に気づかなかったり全体が見えなかったりすること、クラブフォーラム等で別の見方・考え方があることを積極的に受け入れ、自分自身をいかにアップデートしていくかという、今日的な課題として非常に示唆的な話です。
「各クラブにおける職業奉仕」としてまず出来るのは、そうした機会をプログラムとして各クラブで組んで頂くこと。それがスタートになるのではないかと考えています。
さて、地区委員会にはセミナー等を開催し、時代をとらえた問題提起の機会を提供する役割もあると考えています。2020年度はコロナ禍で1回でしたが、大阪の大学からお招きした社会思想学の教授にご講演頂きました。
CSR、SDGs等の今日的テーマをふまえながら、石田梅岩や石門心学からの先達の「思想」や「知恵」を取り上げ、コロナの時代だからこそ社会の困難な課題にどのような問題意識で取り組むべきか、一つの示唆を提示申し上げたつもりです。どんな状況であっても、「職業奉仕」はひきつづき私たちに無限の可能性をもたらすものと考えています。

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