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2022年12月13日 (火)

「離婚すると子供は母親にとられてしまうのか?」 ~共同親権に関する民法改正作業の状況

10月28日卓話要旨
野村 憲弘 会員 (弁護士)
20221028

    現在、法制審議会では親子法制の改正が進められています。議論の中心は共同親権です。8月には中間試案をまとめパブリックコメント募集を行う予定で、ちょうどこの例会の時期に重なると思っていましたが、先延ばしの状況です。共同親権について議論されているのは、離婚すると大抵は母親が親権をとるという現状にあって、離婚しても父親も関与させてほしいということです。
親権とは、子供の利益のために監護・教育を行ったり、子供の財産を管理したりする権限であり義務で、一般的な身の回りのお世話をする身上監護権もその一つです。中でも重要なのが、進学や医療行為の選択、養子縁組等の身分行為や財産管理等です。
離婚をして母親が親権を持つと、たとえ母親が再婚をして新しい夫と子供が養子縁組をしても、実の父親がそのことを知らないということもあり得るため、改善できないかと議論されています。
1947年に家制度が解体して今の民法になりました。現行法では、結婚している間は父母が共同で親権を行使しますが、離婚するとどちらか片方を親権者として決めなくてはなりません。今の民法になった戦後すぐは、父親が親権を取るケースの方が多くありました。家制度の名残で、嫁は出て行くものだという考えと、特に跡とり息子は置いていかなければならないという意識だったことに加え、核家族が進んでいなかったので祖父母が面倒を見ることができたということも背景にあるのではないかと思います。
それが1965年頃から母親が親権を取る方が多くなり、今では9割以上に及びます。現在では裁判になると、いくら父親が献身的に育児を行い子供がなついていても、父親の親権はまず認められません。また、面会交流権という、離婚して親権を取られた親でも子供と会えるということあるのに、親権を取った母親がなかなか会わせてくれないということがよくあります。こうして不満が溜まった父親側は、稼ぎも時間もあるので社会的運動を起こして自民党を動かす図式となっています。
共同親権の議論では、双方で見ている景色が違います。賛成派は、妻が子供を連れて出て行き何の意見も言えないし、会わせてももらえないと言うし、一方、反対派は、夫がDVや、何もしないくせに口ばかり出す、やっと離婚できたのに共同親権などとんでもないと言うのです。 
親権と言っても今では親の権利ではなく子供の権利であると考えられています。世界的な潮流としても19世紀位は欧米でも日本でも家を守るにはどうするかという発想だったのが、その後、家ではなく親の家族法ということになり、さらに今では子供の幸福が最も重要であり、子供のための親子法という考え方になっています。現在行われているのも、「子供のためにはどういうことが一番いいか」という結論です。
私が一番よいと考えるのは、離婚をしても平日は母親が面倒を見て、週末は父親の所に泊まりに行くような形ですが、そのような理想的なことをしている離婚した父母はごく少数です。共同親権を主張する側は、婚姻中は双方で子供のことを考えて決めていたのだから、離婚しても同じはずだという主張ですが、反論する側は、仲が悪くなって離婚したのだから、そもそも決められるはずがない、片方がイニシアティブをとることになるのではないかという意見です。さらに言えば、現行制度の単独親権でもしっかり双方で決めている離婚した父母も一定数存在しているのだから、あえて新しい制度を作る必要はないのではないかというようなことも主張されています。 
中間試案のたたき台は「共同親権とするか」「共同親権とする場合、原則をどちらとするか」等々、両論併記で幾つもの選択肢を示し、広く国民に意見を求める形でしたが、自民党法務部会に気にいってもらえず、今後どうなるかよくわかっておりません。
おまけですが、今回の法制審議会では父母という点では第三者である祖父母をターゲットとして議論もなされており、祖父母の孫に対する関与の仕方も将来的に重要視されてくるのではないかと思います。

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